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実存浮遊

映画やアイドルなどの文化評論。良い社会になるために必要な事を模索し書き続けます。

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投票行って外食する? 



■ 青森にWi-Fiを


高校時代の友人と話してて、青森県に住んでいる彼がスマホの通信規制だ、と言ったので「Wi-Fiにすればかなり便利だよ」と答えました。
すると家にWi-Fiを設置する余裕もない、というのです。

青森県は全国でも有数の低賃金の県です。
東京が最低時給900円くらい、青森は700円もいかないくらいです。

これではケータイ代もかなりの負担になってしまうでしょう。
そこで青森県はWi-Fiフリースポットを各地に設置すればいいんじゃないかな、と思いました。
通信量を減らせてケータイ代も安くできるでしょう。
何より、情報に触れる機会が増えるのが狙いです。
そして若者が集まることで地域性を復活させられればな、と思います。

情報過多の現代で情報を取りこぼすのは大きな損失にもつながるでしょう。
多くの情報を安く手に入れ、人が集まることでその地域も潤い、人と人との出会いも広がる。
なんて良い施策なんでしょう。

青森市も弘前市も駅前がかなり閑散としてる印象だったので、ぜひ駅周辺に実験的に設置してみてはいかがでしょうか。

調べてみたら全国チェーンの飲食店は他県と同じようにWi-Fiスポットなんですね。
これが青森県内のコンビニ全店、ぐらいにまで広がればかなり環境が変わる気がしますがいかがでしょうか。
ねぶた祭りや桜まつりに来る人も増えるかも知れませんよ!


■ 投票どこにする?

社会をどうするかについては国民の代表である政治家をどうするかについて考えることでもあります。
僕も昔は「投票なんてどこに入れても同じだろ。世の中なんも変わらねぇ。ノーフューチャー!」と思ってたんですが、投票率が下がれば下がるほど社会は激変していきました。もちろん悪い方に。

世の中は人質事件や遭難事件などで「自己責任」という言葉が流行っていました。
自分の不幸は自分のせい、ということが叫ばれるようになったのです。

そうこうしているうちに日本の資産の半分を富豪の40人が所有している、という事態にまでなりました。
富の超格差によりうまく再配分されないまま富める者はますます富み、貧する者はますます貧していきます。
これも「自己責任」と言えるのでしょうか。富豪にならない自分が悪いんだ、と。

テレビや新聞は国民が悪いかのように騒ぎ立てます。

でも投票に行っていないとしたら、たしかにこれは「自己責任」なのかも知れません。


現在自民党が多くの議席を持っています。
つまり自民党寄りの法律がバンバン通りやすくなっている状況です。
以前は「ねじれ国会」だったので反対意見も大きくなりやすかった。

でもこの「ねじれ」ってなんか悪い印象を与えますよね。反対意見が多いような法律なんて成立させちゃいけない法律ということでしょう。でもそのような状況を「ねじれ国会」って。ねじれてるんじゃなく正常な状態だと思いますが。

投票に行かない、もしくは白票のまま入れる、ということは「今の政権で良いですよ」というメッセージになります。
投票率が高い場合は「どの政党も入れる価値無し!」というメッセージになったかも知れません。
ですが今はそんな事を言ってる場合じゃないのです。

自民党を応援するなら自民党に投票するか、白票で入れるか、投票しないか、のどれかを選べば良い。
でも自民党を応援しないのなら別の政党に入れるしかありません。

期日前投票も便利ですし、当日も小学校の体育館で投票して子供の時を懐かしんだりできて楽しいですよ。
コンビニや外食するついでに投票するのもいいですし。

そして何より投票に行くのってちょっと楽しいんですよ。
行くの面倒とかそれよりも大事なことがあるから、という人は今回だけでも試しに投票所に行って投票してみてください。ちょっと楽しい、というのがわかると思います。


そして今回から18歳と19歳も有権者として投票できることになりました。
年寄りにばかり政治を任せられない!という人たちはぜひ友達と話し合ったりネットで議論吹っかけたりして投票する人を選んでみてください。

僕は「政治の話、野球の話、宗教の話はタブー」というのは嘘だと思っています。
というかホステスがお客さんにこの話を振らない、と言われていただけで、社会では普通に話せば良いと思っています。
たぶん政治の話をされては困るような人たちが広めたんじゃないでしょうか。

気になったことをどんどん話せばいい。知識量は関係ありません。情報を共有したり、多面的な考えに触れたりするのは、政治のためというよりも自分のために必要なことです。

楽しく生きるためにどうするか。
数ある項目の中に「投票に行く」というのが確実に含まれています。
それに同級生に会えるかも知れない、ってドキドキしませんか?
僕が18歳だったらドキドキするけど。
さらに隣で記名とかしてたらやばいよね。
どこに入れたか聞いちゃう。

7月10日が楽しみだなー!

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つまようじ少年がこの社会にしたこととは? 

● つまようじ少年ってどんな悪いことをしたの?


つまようじ少年が逮捕されました。
真っ先に気になったのが「なんの罪なんだ?」ということです。
どうやら現時点では「建造物侵入の罪」らしいです。コンビニに入ったらダメみたいですね。
(その後威力業務妨害になりました)

つまようじ少年はお菓子につまようじを入れたとして騒ぎになりましたが、このお菓子は自分で買って用意したものだそうで。
万引き動画も、自分で買ったものを陳列棚に置き、それを万引きに見えるように偽装したのだそうです。
現時点では少年法を変えたいということと、警察が無能であることを証明したかった、というのが動機らしいです。

だとしたらかなり優秀でしょう。
なぜならここまで警察を動かしたからです。
しかも罪は「建造物侵入」ですよ。
コンビニに入ったから逮捕された、って。
つまりそれでしか逮捕できなかったってことです。

今日だけでコンビニに入った人は何百万人いることでしょう。
みんな犯罪者予備軍ということでしょうか。
うかつにコンビニに行けませんね。


その後威力業務妨害として逮捕されたそうです。
お菓子につまようじを入れるというフェイクによって業務を妨害したと。
でもこれはフェイクであり実際には自分で買ったものに自分でつまようじを入れた動画をアップしたということがみんなに知れ渡ったわけですから、もう業務を妨害していないと思うんですけどね。
もちろん逮捕されるまでは「お菓子に変なもの入ってたら嫌だな」と思う人も一定数いたでしょう。
それを言いだしたら「社会を回すための信頼とは何を根拠にしているのか」という社会学的な話になってきます。

【参照 「中高生から考える社会学」第4回「信頼」
(昔に書いたやつですが2008年って!6年以上前です。6年もずっと同じこと考えているわたくし)

あの動画を見てじゃがりこ食いたくなった奴がいっぱいいると思うんですけど。


● 警察に逆らっちゃダメだよ


「無能な警察」というのを暴こうとした人で去年話題になった人がいます。
遠隔操作事件の片山氏です。
(被告なのか容疑者なのかすでに刑が確定してるのかよくわかっておりませんので「氏」としておきます)

片山氏は何で捕まったんでしょう。
「威力業務妨害」です。
威力で業務を妨害したんだそうです。

片山事件で重要なのは「誤認逮捕が何件もあった」ということです。

報道も警察もその変はあまり触れずにいますが、こここそがすごく大事なことでしょう。
自白強要などがあったから誤認逮捕が生まれました。

僕は死刑賛成派ですが、その大前提には冤罪が無いことが最重要課題としてあります。
「疑わしきは罰せず」
これがあるからこそ死刑囚は絶対に罪人として断罪される。

片山事件のおかげで警察はハイテク事件に弱いことが露呈されてしまいました。
そして今の法律もハイテクについていけていません。
それなのに自民党は国民を生きづらくさせる法案ばかり通そうとします。
なんなんでしょうね。


結論です。
警察を煽っちゃダメ!
何かしたら威力業務妨害とか住居侵入とか転び公務執行妨害とかで逮捕されちゃうぞ!

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規制すれば社会が良くなるなんて妄言は絶対に認めてはならない 

普段怒ることはないんですけど、これはかなり腹が立ちました。
新年初腹立ち。
今年もよろしくお願いします。


●関連記事 BPOが深夜番組の性的表現批判


放送倫理・番組向上機構BPOというところが「深夜番組の性的表現」に対し批判しています。
汐見委員長はコメントで「深夜だからある程度の大胆な性的表現も許されるという規定はない」と言ってるそうです。

何を言ってるんでしょうか。
だったら自民党に偏った報道も規制しろよ。
「政権を握ってる政党に有利になるような報道が許されるという規定はない」に決まってるじゃないか。
こんな大事なことよりも深夜番組の方が大事だと考えてる団体ですから「倫理」のなんたるかを何も知らないというおそれが出てきました。
まぁたぶん「放送倫理」という名前にしておけば馬鹿な国民は騙されて操作しやすい、と思ってるんでしょうけどね。


話はとても簡単なのでぜひお読みください。

「嫌なものは見るな。子供に見せたくないものは見せるな」

これに尽きます。


■ 『竹山ロックンロール』を潰せば良い子が育つのか


BPOが取り上げた番組のひとつに『竹山ロックンロール』があるそうです。
ももクロファンにとってはおなじみの人たちが作ってた番組ですね。先日最終回を迎えました。予算が無いそうです。
当初はオーケンとか園子温監督をゲストに迎えてて大変おもしろかったんですが、最近は芸人に偏りすぎてつまんなくなってたので終了はしょうがないですね。

僕自身この番組が終わろうが別にどうだってよく、ただ藤岡みなみちゃんが毎週見れなくなるのは残念だな、ぐらいの気持ちです。
でもこの番組があらぬ批判をされるのは我慢できません。
先程も書いたように、嫌な映像が流れてきたら見なければいいんですよ。
それともあれか、お前の家のテレビはテレビ埼玉しか映らないように固定されてんのか。
電源も切れないようにされてんのか?
目を閉じることも部屋を移動することも寝ることも許されない状況で、ただ批判することだけはゆるされてるってか。

完全なる偏見ですが、こういう人達って暇でおせっかいなんですよね。
自分が不快なものは世界中の人が不快に決まってると強烈に思い込んでいるし、自分が批判してあげることで世界中の不快に思ってる人を救ってあげてると思い込んでるんです。
まずこの時点でこんな人の言うことは危険だとわかるようなものですが。

『竹山ロックンロール』を好き好んで見てる人なんているはずがなく、それを偶然目にする人がいては不幸になる、と本気で思い込んでいるんです。すごいですね。

こういう人達はこんな時にはなぜか海外の例をまったく用いません。
規制を強化したい時にだけ海外の例を用います。アンフェアですね。

僕が尊敬するライターの松沢呉一さんが何度も指摘してますが、海外ではゾーニング(いわゆる住み分け)がしっかりしています。

●参考サイト松沢呉一のビバノンライフ | 湯気の向こうのヒト・コト・モノ
(有料ですが大体の要点までは無料で読むことができますのでぜひご一読を)

ゾーニングということで、海外では22時以降はセックスでもなんでも放送するそうです。
小さい子供が見てはいけないと思うのなら寝かしつけられない親の責任です。つまり時間帯がゾーニングになってるんですね。

どうも日本は性教育を忌避する傾向にあるように思えます。つまり恥ずかしいと。恥ずかしいから国が管理しろと。馬鹿ですか。
我が子の教育すらままならない人達が意見をしてるって滑稽でしかないように思えるんですけどいかがでしょうか。
それとも家庭への不満を社会に吐き出しちゃうタイプですか。
どちらにせよ聞く耳持ちません。
でも票稼ぎの政治家が大事にしちゃうから話がややこしくなります。

■ どんな表現でも規制すべきではない

不快だからという理由で排除してはいけません。
なぜなら人は何かしら不快な思いを抱いて社会を生きているからです。
誰もが誰かに不快な思いをさせているのです。
不快だからとお互いに潰しあっていては社会は回りません。


まず表現についてはどんなに低俗でくだらない表現でも排除するのはやめましょう。
見たくないものは見ない。見せたくないものは見せない。
これで全部解決します。

人権が侵害された時にはしっかりと批判すべきです。なので僕はこのブログを書きました。
僕が人権侵害されたわけではありませんが、表現を殺そうとしている人がいるのが我慢ならないのです。

ただ意見はいくらでも言ってよく、話し合いでお互いを高めていくのは常に行うべきだと思っています。
それもせずに管理者やルールを司ってる人にいきなり「これは大問題だ!」と言うのが間違っていると思うのです。

自分で問題解決できるなら自分でする。
低俗な番組があって我が子に見せたくないなら見せない。
いきなり放送されたら「こんなくだらないこと真似すんじゃねぇぞ!」って我が子に言えばいいだけ。
それで会話が広がります。それが教育でしょう。

そして「いきなり低俗な番組が放送されたら困る」からこそゾーニングを設けるべきであるのは多くの人が指摘している通りです。
それなのに日本は番組製作者を規制するんですよ。CMとかのスポンサーを人質にとって。
どんだけ性格悪いんでしょうか。


教室で何かあったら真っ先に先生に告げ口する奴って嫌われたでしょうよ。
嫌われる上に社会のためにもならない糞みたいな行動はやめましょうよ。

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違法薬物を捨ててまでこの社会に生還する価値はあるのか 

放送作家の伊東さんにお声を掛けていただき、ユーストリーム配信番組『梶原放送局』のアシスタントをしました。アシスタントと言ってもツイッターで寄せられた質問を読み上げるだけなのですが。
メインMCの梶原しげるさんにも「さかもっちゃん」と呼んでもらえるほどの認知をいただきました(笑)。

ももクロのマネージャー川上さんやれにちゃんも一度出演したことがあり、それで伊東さんをご存知の方もいるでしょう。伊東さんもれにちゃん推しなので推し被り同士がんばりたいと思います。


先日のゲストは内谷正文さん。違法薬物の経験を経て家族関係が壊れ、そして再生するまでの一人演技を定期的に行っている方です。


公式サイト ADDICTION(アディクション)〜今日一日を生きる君〜


『梶原放送局』はほんと勉強になって参加できてよかったと思ってるのですが、やはりなんと言っても番組の作り方を見れるのがためになります。
番組の流れがあるのでその時に聞けなかった事をこのブログで展開していこうと思います。
本記事のテーマは「良く生きるとはどういう事か」です。


■ 覚せい剤を知らずに生きるということ


故中島らもさんや、『完全自殺マニュアル』の鶴見済さんのドラッグ本。他にもオーケンの薬物本好き(ドラッグ関連の本を読みあさるのが好きだったオーケン)、宮台さんのダルク(薬物依存症リハビリ施設)関連記事などを読むのが好きだった僕は、内谷さんにお会いするのが楽しみでした。
一人演技の映像も見せていただきました。そこで一つの疑問が浮かびました。
それは内谷さんの活動が逆説を孕んでいるからです。

内谷さんは学校を回って薬物の恐怖を訴える演劇を行っています。
内谷さん自身薬物経験者であり、弟さんが薬物依存から精神病院送りになってしまい家族が崩壊するなどの経験をなさっています。
そのため劇には演技力やストーリー以上の重みが乗り、観客を魅了します。

内谷さんの凄さに酔った子供達は逆説的に違法薬物の凄さに気付いてしまうのではないか。
内谷さんのような魅力的な人間になるには、違法薬物の地獄を経てこの社会に生還するのが大事なのではないか。
そもそも、このつまらない社会にあえて違法薬物を捨て去ってまで生還する価値があったのか。

この気付きを得た少年少女は、ますます薬物の魅力にとりつかれてしまうのではないか、と思いました。


番組の流れとしてこのような空気を読まない質問はしづらかったのでここで書きました。


僕自身覚せい剤に興味はありますが、「違法である」ということと「値段が高い」という二つをクリアしてないので実際に使用する気にはなりません。捕まりたくないですね。見たいマンガも映画もアイドルも本も会いたい人もいっぱいいるのに捕まってなんかいられません。


■ この社会は生きる価値があるのか


宮台さんが薬物経験者と話した本にはこのような言葉が載っていました。

「覚せい剤は絶対に地獄に堕ちる。だが覚せい剤を知らずに生きるにはこの社会は酷薄過ぎる」

覚せい剤というのは素晴らしい体験をもたらしてくれるものであり、これを知らずに生きるのはもったいない、ということらしいです。

宮台さんはそれに関連して、「薬を服用する自分は自分か、と問う経験が必要だ」と発言しています。
どこまでが自分なのか。
酒で酔った自分は自分か。大麻でまったりしてる自分は自分か。覚せい剤で過剰にイキイキしている自分は自分か。


そして次に、そもそもこの社会は生きる価値があるのか、という問いが存在します。

違法薬物を使用して地獄に堕ちるのと、この平板な社会を生きるのと、どちらが良いのか。

良き人生とは一体なんなんでしょうか。


ニーチェはこう言ったそうです。

「生きる意味が見つからないから良い人生を送れていないのではなく、良い人生を送れていないから生きる意味探しにこだわるのだ」と。


違法薬物を使用し、誰も体験できないすごい体験(神の声を聞いたり、目の前が極彩色の楽園に見えたり、自分自身こそが神であると気づけたり)をするのと、生きる意味探しに必死になってちっともおもしろくない人生を送り続けるのと、一体どちらが良いのでしょう。

そして、違法薬物を使用しないままその問いに答えることは可能なのでしょうか。


僕はおかげさまでこの社会につなぎとめてくれる人や物が大量にできました。
だから絶対に捕まるようなことはしないし、それに薬物を使用した自分は自分じゃないと思っているので、「薬物使用による崇高な自分獲得」に魅力を感じません。
あくまで今手にすることが可能な範囲内で思考格闘をし続けることにこそ魅力を感じるのです。

まぁ僕の決意はいいか。

みなさんはどう思うでしょう。

内谷さんはとても素晴らしい人物でしたし、一人芝居も見る者を魅了するでしょう。

ではみなさんにとって素晴らしい生ってなんですか?

内谷さんはおっしゃいました。
人間関係に絡むものはすべて共依存を孕んでいると。
良い共依存と悪い共依存がありそうです。
言い方を変えると、「共依存を操縦する技術」が存在しそうです。


本当はツイッターの質問をほっぽり出して(この日は極端に質問が少なく2件ぐらいしか来ませんでした。視聴者数は多かったのですが)内谷さんとこんな話をしたかったです。



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「ニッポンのジレンマ」のジレンマ 

僕は「朝まで生テレビ」が嫌いだ。

この番組によって何か社会問題が解決されたことなどあっただろうか。
ここに出る人たちの多くは持論を展開したり他人を論破する事にのみ特化するだけの浅ましさを持つ。

たぶん彼らの言うとおりにすれば社会は良くなるのだろう。
でもそうはならない。
なぜなら

1) 良き社会を目指す事が良き社会になるとは限らない
2) 彼らの言動は我々を駆り立てない

この2点のためです。


まず1)について。
みなさんが思う「良い社会」というのはどういうものでしょうか。
その「良い社会」は「みんな」が幸せになるものでしょうか。
そしてみなさんにとって「みんな」とはどこまでを指すのでしょう。

これらについてすべて納得の行く回答は誰にもできません。
なぜならあなたにとっての「良い社会」は遠くの誰かにとっては「不幸な社会」であるのかも知れず、あなたにとっての「みんな」からこぼれ落ちる者が必ず生まれるからです。

「良い社会」を目指すということは誰かが不幸になっている可能性を含みます。
そして、「良い社会」を目指した事により社会がより悪い方向に進む可能性もあるのです。
そもそも「社会なんか悪くなってしまえ」と思って行動してる人なんていないのです。
みな「よかれと思って」行動しているに過ぎないのです。


次に2)について。

彼らの言葉を聞いて奮い立つ者はいません。
先ほど書いたように彼らはみな浅ましいからです。
彼らの発言を見て賛同したり批判したりする人はいるでしょう。
でも発言を受けて奮い立たない。
討論を見て終わりです。

人は浅ましい人を見ても協力しようとは思いません。
自分のためではなく他人のために行動している人を見て、その理解不能な行動に衝撃を受けてその人のすごさに気付き思わず真似をしてしまうのです。


この2点から、「朝まで生テレビ」は社会的な番組に見えてまったく社会の役に立ちません。

というのは言い過ぎですが、ほぼ役に立たない。


NHKで「ニッポンのジレンマ」という討論番組を放送している。
若手論客を集めておしゃれな番組構成をしている若者向けの「朝まで生テレビ」みたいな感じ。

なんのためにこんな番組作ったんだろ。
「朝まで生テレビ」と同じじゃないか。

現在の日本を変えるには若者の動員が必要不可欠であるということは僕の同じ意見です。

でもこの番組を見て若者は動くでしょうか。
そもそもこの番組を見るような若者は初めから動く意思がある者だけであり、その他大勢の「動くべき若者」にはまったく声が届かないでしょう。

結局おしゃれなアイテムとして「議論」をたずさえ、人文書を読むことで他者よりも頭が良くなったと勘違いする若者にのみ通じ(厳密に言えばまったく想いは通じず)、それ以外の人たちは「ニッポンのジレンマ」に出ている若者の声などまったく気付かないまま。
そしてその重大な欠陥に見て見ぬ振りをし続けるわけです。

なんて無意味な。



社会は変わらない、とあきらめる事がかっこいいと思う奴なんかクズだ。
社会は変わらないかも知れないけどあえて行動する事が大事なんです。
無駄とかなんだとかどうだっていい。
無駄だからなんだってんだ。
無駄な事ばっかやってるくせに何をいまさら。


「朝まで生テレビ」も「ニッポンのジレンマ」も、その浅ましく無意味な番組は、そのくだらなさに憤る者を生み出している事にこそ重大な意義がある。

みんなもっと怒ろう。
怒りこそが変革の原動力だ!


テーマ: NHK教育 - ジャンル: テレビ・ラジオ

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神保宮台マル激トークオンデマンドのトークイベントに行ってきました 

ロフトプラスワンのマル激トークオンデマンドのイベントに行ってきました。

4年ぐらい前かな、クリスマスの時期に行ったことがあって今回で2回目の参戦。
毎年行われているようですね。

今年はアベノミクスについての本が出版されたということでテーマは経済についてでした。


ここ最近の宮台さんの発言は一貫していて、「ひとかどの人物になれ」とか「利他的な行動をしろ」とか「自発性(損得勘定)からの行動ではなく内発性(損をしてでも自分の正しいと思うもの)からの行動をしろ」というような感じです。


今回のトークイベントもそのような話がメイン。

印象的だったのが「経済が回らない程度で社会が回らなくなる、政治が回らない程度で社会が回らなくなる。このような現状自体が糞である」というのは前から言ってたんですが、そこから更に「経済が良くなると良い社会になるとか、良い政治になれば良い社会になるとか、こんな思考自体が糞だ」という発言があったのがおもしろかったです。

まぁわかりやすく言うと、人任せにしてる時点で幸福になれない、ということです。


誰かを幸せにできる人物だけが幸せになれる。


周りの目を気にして行動を合わせる「道徳」ではなく、誰がなんと言おうと自分の信じる行動をする「倫理」。
他人に促される「自発性」ではなく、自分の内側から湧き上がってくる「内発性」。

多数決で決まったことが正しいと思い込むのではなく、参加して自分たちの手で直して行くという民主主義を。


日本は弱者に援助するなという人が多数を占める。
先進国の中でも断トツで国民幸福度が低い。そして自殺率が高い。
巨大スーパーなどが乱立し地域性が失われ入れ替え可能になっていき地方が潰れていく。
金の切れ目が縁の切れ目。

すべてがつながっている問題です。


宮台さんが「貧すれば鈍する」と言ってました。

貧乏になればあーだこーだ言っていられず選択肢があっても最悪に見えるようなものしか選び取ることができない。
これは民度の問題ではない、と言ってました。


スローフード運動はロハス的な生活スタイルのことなんかではなく、顔の見える範囲(共同性)で食べ物を買う事も考えよう、というもの。
宮台さんは「関係性の履歴」という言葉を使いますが、コンビニなど関係性が蓄積していかないものに依存していると平時では回っていた社会が有事だと回らなくなる。
顔見知りになりいろいろな人間関係を蓄積していくと、有事の際に手助けしてもらえる(かもしれない)。

そして「有事の際に手助けしてもらおう」という損得勘定で動いている内はダメなわけです。


なので自分が正しいと思ったことを損してるとしても行動し続けなければならない。
良い悪いの問題ではないのです。



いろんな事を考えさせられ、宮台氏の著書を読んでいる者としては思考をまとめてもらったような感じで参加して良かったです。



あと、ロフトプラスワンに僕も数ヶ月前に出たんだなぁ、と思うとなんか変な気分です。
しかも宮台さんが座ってるとこに僕も座ったのか、と思うとね。
来年も何かできればいいのですが。

とにかく僕は良い社会を目指していろいろ発信していきたいと思いました。
たとえ、そもそも「良い社会を目指す」というのが「良い社会になる」こととは全然つながっていないのだとしても。


テーマ: イベント - ジャンル: アイドル・芸能

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地下アイドルの激増と相互救済 

ここ最近地下アイドルのイベントにばかり参加している。

ライブハウスなどで行われる地下アイドルのパフォーマンスはまるでインディーズロックバンドのような熱量で迫ってくる。
そしてバラエティ豊かなキャラクター設定は、まるで乱立した頃のインディーズプロレス団体のようだ。

インディーズロックバンドも、インディーズプロレス団体も、どちらもファンは応援の仕方が一方向的であり単調と言える。インディーズアイドルのオタクの振る舞いに比べると。


地下アイドルのファン達はまさに有象無象。
地下アイドルのファン(以下地下ヲタとする)は「TO」と呼ばれるトップオタや「おまいつ」(お前いつでもいるな、の略)と呼ばれる名物地下ヲタなどが場の空気を支配する。

地下アイドルはこの気違いじみた狂乱の中パフォーマンスを披露する。
ちなみに僕の「気違い」は褒め言葉だ。
「混沌こそ我が墓碑銘」
混乱し、破壊してこその人生。


ロックもプロレスも、ファンの声援に左右される事はあまり無いだろう。
だが地下アイドルはファンに大きく左右される。
正確には、ファンに左右されているように見える。


地下アイドルの数だけ狂乱がある。
ライブ会場に行くと地下アイドルよりも地下ヲタに目を奪われる事が多々ある。

メジャーアイドルのファンの場合、小規模では「レス」と呼ばれるアイドルからの目配せや指差しをもらうための振る舞いや格好となる。主にアイドル公式のTシャツやペンライトやサイリウム、または特殊な声援方法などだ。
大規模になるほどファンは画一的になる。なぜならアイドルは数千人のファンのすべてに目が届くわけがなく、ステージに近ければレスをもらいに行く振る舞いができるが、ステージから遠くなることでレスをもらうアピールは「やっても無駄感」が出る。

地下ヲタの場合、キャパシティが100人以下のところが多く、客が20人に満たない場合もあるので、全員がレスをもらえる。
つまりレスをもらいに行く振る舞いなどそもそもしなくていいのである。
それよりもいかに現場を盛り上げるかに力を注ぐ。
純粋に地下アイドルの応援ということに純化している地下ヲタもいれば、ただ騒ぐ事に特化している地下ヲタもいる。
多種多様で地下ヲタの数ほど騒ぎ方が存在する。


まだまだアーティストとして未熟とも言える地下アイドルの後押しをするように多彩な応援を見せる地下ヲタ。


地下ヲタに対抗するために地下アイドルはアーティスト的パフォーマンスに特化していくグループがいる一方で、独自の路線を開発していくグループも存在する。
むしろアーティスト系に特化していくグループはヲタ芸ができずに会場では盛り上がらず、独自路線で突き進むグループはヲタ芸も共に育っていき会場は熱狂に包まれる。

個人的には祭り騒ぎが好きなので独自路線系が好き。
歌やダンスがうまい人を見ても、「うまいな」とは思うけどそれ以上にならない。


■ 地下アイドルの多様性


数少ない現場経験の中から出会ったグループの中から、特に目を引いたグループを紹介したい。

ももクロファンの僕としてはやはりももクロコピーユニットでかなり高まる。
最近のももクロは座席があって振りコピがやりづらいが、地下現場は客数が少なくスペースが広いため自由に振りコピができる。
振りコピ以外にも地下ヲタの多種多様な応援の仕方を見ることができるのが地下現場のおもしろいところだ。


まずは「クレヨン日記

リアル姉妹ユニットで、なぜかいつもゴーグル。
ももクロのコピーや他にも様々なメジャーアイドルのコピーがメイン。
元々ももクロファンからのつながりで紹介してもらったのだが、クレヨン日記を皮切りに様々な地下アイドルに出会うことができた。
ここの強ヲタが最高に良い人たちで落ち着く。

ちなみに僕は妹のゆーちちゃん推しです。


クレヨン日記と仲が良い5人組ユニット「PIECE

燃焼系ユニットを自称しており、ライブ中の盛り上がりがすごい。
特にステージと観客席を掌握するリーダーの池城由美さん(ちゃん付けできない。なんか)の人間的な力強さはぜひとも見て欲しい。
パフォーマンスとして特筆すべきは、由美さんが観客席に降りてきて脚立に上がり誘導棒を光らせて観客を煽る姿は唯一無二だ。

ちなみに僕はあやぴーちゃん推しです。
ショートカットの杏ちゃんもかわいいんですけどね。


大和撫子

先日見て度肝抜かれたのがこのグループ。
歌唱力が高いんだけど、それよりもすごいのがパフォーマンス。
曲中にファンと酒を酌み交わすのだ。
ある時には一升瓶をファンと回し飲みするらしい。
ファンと杯を交わすという任侠。
AKB48の高橋みなみ似の牡丹さんが姉御肌っぽくて人間味が出ています。


童謡アレンジ「さっちゃん

童謡をロック調やテクノ調にアレンジして歌うアイドル。
ここはヲタとの掛け合いがすごくおもしろい。
曲中の熱狂っぷりもすごいが、MC時の干しっぷりがすごい。
拍手も無し。自己紹介をしても声援も無し。「次が最後の曲です」と宣言しても無反応。仕舞いには全員座り込む始末。
もちろんこれらすべてがヲタ芸なのだが、こういうのは今まで見たことがなかったのでとても新鮮だった。
応援しないことが応援。しかもパフォーマンス中はしっかり盛り上げる。
干されっぷりとのギャップがかなりおもしろい。


柊木りお

さっちゃんとは正反対の凄みを見せつけるのが「りおりお」こと柊りおだ。
抜群の歌唱力と、それを上回るほどの扇動力。
彼女のパフォーマンスはもはや柊りおという宗教だ。
イメージカラーの黄色で彩られた観客席は煌々と黄色のペンライトが光る。
「りおりおを推す義務を与える」という名のレス配りは一見の価値有り。
ここまで明確に「私だけを推して」と訴えるアイドルはなかなかいない。



■ 「さっちゃん」と「りおりお」の予期理論


宮台真司の論文に『権力の予期理論』というのがある。

権力についての論考であり、かなり高度な論文で高卒の僕にはしっかり読み込めていないのだが、とてもわかりやすい例題が載っていてこれが強烈に残っている。

「予期」というのは「あらかじめ期待していること」ということです。
社会というのは「信頼」を「期待」することで回ります。
例えば会ったことも無いし素性もわからないような人物にお金を渡し、望んでた商品が手元に来ると思えるのはお会計システムを信頼し、そのようになると予期しているからです。

宮台真司は「おだてられることでサービスしてしまう八百屋店主」の例を出す。
この店主はおだてに弱く、客が店主を褒めるとサービスで野菜をあげてしまう。

この場合、店主と客のどちらが権力者なのか。
客としては褒めれば野菜がもらえるわけだから、店主を操ることができると言える。
だが逆に考えると、店主は野菜をあげることで褒めてもらえるわけで、店主としては客を操作しているとも言えるのだ。


では「さっちゃん」と「りおりお」に話を移す。
この二人はファンの応援が正反対だが方向性は同じだ。

りおりおは「私を推しなさい」とわかりやすい。
さっちゃんはファンに声援をもらえないという干されっぷりを見せるが、これは彼女があえて干させている。
つまり彼女はこの状況で声援が欲しいのではなく、声援が起こらないで欲しいのだ。
その意味で彼女はしっかり観客を操作している。


これは「マゾ的サド」「サド的マゾ」という構図でも説明できる。
「マゾ的なサド」はマゾに奉仕する振る舞いのサディストである。
「サド的なマゾ」はサドにいじめさせてやるという主導権を持つマゾヒストである。

あえてあてはめると、りおりおがマゾ的サド。
さっちゃんがサド的マゾ、という構図だ。


ここで強引だが結論を出す。
地下アイドルと地下ヲタは相互に熱狂していく構図が重要だ。
これにはお互いの信頼が重要であり、一方的な独りよがりなパフォーマンス(ヲタも含む)では盛り上がらない。

アイドルのパフォーマンスに惹きつけられファンが独自の声援を送る。
それを受けてアイドルがパフォーマンスに変化を加え、それに答えるようにまたファンがさらに進化した応援法を編み出す。

この相互作用により会場は見たこともないような状況になる。


これはあくまで独自路線系アイドルのほんの一例であり、アーティスト系に突出したアイドルもいればカメラ小僧をメインの客層にしているアイドルもいる。
だが僕がももクロから得たものが一番色濃く感じ取れるのはこの「独自路線系」のアイドルだ。

ももクロは独自のMIXがあったりメンバーの名前を含むコールがあったりと、ファンの応援の仕方に独自性がある。
現在はかなり一般層がファンになっており、ヲタ成分がかなり薄まっている。
なので地下ヲタのような気違いじみた応援法は今後確立されることが無い。
(ももクロ運営はファンがペンライトや同一コールで一体化することを演出の一部にしようとしているので、それはそれでありだと思っています)


最後に、地下アイドルは「物販ブース」もかなり重要な要素であり、物販芸も考察すべきなのだが、時間がまったく足りないのでこのフィールドワークのまとめはいずれ行いたい。


最後の最後に、クレヨン日記に誘ってくれた方が言った「ヲタが推せないとアイドルも推せない」というのは名言だと思った。

テーマ: LIVE、イベント - ジャンル: 音楽

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チケット転売屋撲滅のためにできること 


僕は常々「チケット転売を批判する人たちの浅はかさはなんなんだろう」と考えてきました。
過去のブログを見ると去年もチケット転売批判について批判していて、気になったことはとことん考えずにはいられない人間性があらわになる。
悪く言うと成長していない。
というか社会学や経済学は好きだけど「興味がある」レベルで、知らない人よりは知ってる程度です。だから社会学や経済学の視点が無い人に新たな視点を獲得して欲しいという願いがあります。

前置きはこのぐらいにして。


僕のイライラの原因はひとことで言うと「転売屋嫌いの奴らって全然転売屋対策してねぇじゃん!」って事です。
ただ自分がチケット外れた運の悪さを棚に上げ、転売屋がいないから自分が外れたとでも言いたげな態度。

【参照】チケット転売はなぜいけないのか

【参照】転売屋対策が新たな弊害を生む


例えば10,000席のチケットが販売され、1,000席分が転売されてるとしましょう。
ここに応募が20,000アカウント分来ていたとします。
50%が当たる公演です。
おそらく転売屋アカウントは2,000あったのでしょう。
18,000アカウントの転売目的じゃない人が応募して9,000アカウントが当選しました。

もし2,000の転売屋アカウントが応募してないとしたら。
18,000の中から1,000が当たってたはずですね。
18分の1の確率です。

僕は数学とか確率とか詳しいことがわからないので中学レベルの考え方をしてみましたけど、結局「当たる人には当たるし、外れる人は外れる」ってことなんじゃないかと感覚的に思っています。
人気が出て応募者が多ければ外れる確率が上がるのは当然です。


僕は元々転売屋対策には否定的です。
チケットの流動性を抑える事の方が問題だと思うからです。

当選しなくてもチケットを譲渡してもらえれば行ける。
この自由度があるシステムの方が恩恵を受けられるファンが多い。
5,000円のチケットに10,000円出したくない人と出せる人がいるってだけの話です。
経済は人が手を加えると失敗しやすいです。なぜなら地球全体の経済は人の思考では及ばない部分が大きすぎるからです。


なかなか本題に入れません。
参照として挙げた二つの記事に、僕を熱くさせる批判コメントはきませんでした。
転売行為は違法だから絶対ダメで、転売屋対策をして自分が公演に行けない確率が跳ね上がっても良い!という人たちがいることがいまいち理解できないんですよね。

なので今回は、転売屋を減らしつつ、定価で行きたい人が行けるようになるにはどうすればいいかを考えてみました。
この記事に関しては法律に明るい方からの批判を渇望しています。
もちろん論点の甘さを指摘する書き込みもお待ちしているのでご一読していただければなと思います。
議論の重複を避けるために上記の記事ふたつも併読していただけるとかなり嬉しいです。



【転売屋アカウントを削除しよう】


公演に入場する際のチェックで「当選チケットに記載された氏名と同じ公的身分証」を提示する。
この時、譲渡チケットでも可とし、その場合公的身分証(コピーでも可)を必要とします。

当然オークションサイトなどでチケットを転売する者は、身分証のコピーも併せて送る事になります。
(オークションサイトの知識が皆無なのですが、評価数が高い人のものを競り落とすのが一般的なんですかね。詐欺っぽいのを見抜くスキルが普通の人にあるのでしょうか。というかオークションって詐欺のイメージがあって送られて来ないんじゃないか、って不安になります)



この公的身分証(コピー可)というのが今回僕が考えたところ。

友達からチケットを譲渡してもらった場合そのまま公演に入れます。
転売屋から買った場合、運営にそのコピーを渡すことで、運営側は身分証の名前からアカウントを調べ削除できる。
入場したあとで「転売屋の身分証コピー入れBOX」に入れれば良い。

これを繰り返すことで転売屋のアカウントは減少するでしょう。
今あるチケットぴあとかそういうチケット販売管理会社でやればいいんじゃないでしょうか。
ほかのアーティストの分もクリーンになるでしょう。
高い手数料を毎回搾取してるんだからこれぐらいやってもらわないと。


ここで問題なのは、ほんとに信頼できる友達じゃないとコピーを渡せない、というところ。
善意でチケット譲渡したのに、公演に行った人が転売屋BOXにコピー入れられたらたまったもんじゃありません。



本題の方が短い気もしますけど、もし不備に気付いた方はご指摘いただけると大変ありがたいです。
とにかく完全認証は人件費もかかりその分チケット代が高騰していくだけなので反対です。



【追記】

ありがたくいただいたコメントの中からこの案への問題点を抽出してみました。

・おとり捜査に抵触するのではないか
→当日のコピー回収ではなく後日だとどうなんでしょう。転売屋から買ったことを申告することがすでにおとり捜査になってしまうのか。この辺は議論が必要なところですね。

・身分証の写しを運営側が管理するのは難しい
→では後日チケットの名前をメール送信するということにしましょう。


多くの方のご意見お待ちしております!

テーマ: 政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル: 政治・経済

高橋優『(Where's)THE SILENT MAJORITY?』は大多数を覚醒させる 

テレビ東京の深夜ドラマ『みんな!エスパーだよ!』の主題歌である高橋優の『(Where's)THE SILENT MAJORITY?』が耳にこびりついて剥がれない。

http://www.youtube.com/watch?v=smocFwf5O9g

このPVよりドラマのオープニングの方が数段かっこいい。


3分30秒しかないのに強烈に身体に食い込み、素肌を震わせ、昨日を打ち壊す。

この曲は自己批評的だ。
出だしで「ラブ&ピースを叫んでたロックンローラーは結局世界に愛と平和をもたらしてないじゃねぇかよ!」と突きつけるのだ。
そしてこの曲自体がラブ&ピースを高らかに宣言している。

セックスピストルズのように、ラブ&ピースを叫ばずともスピーカーからラブ&ピースが噴き出すような曲を目指したいができない。
それはおそらく現代の説明過剰な作品たちのせいだ。
バラエティ番組を見ればいちいち説明が入り、踊る大捜査線では不自然なまでに登場人物が説明的な独白をする。
この現代では「ぶち壊してやろうぜ!」という言葉が「愛してるぜ!」に聞き間違えることができないのだ。


この曲はロックではないのかも知れない。
ただ単純に高橋優がロックンロールを否定するためだけにロックの体裁を取ったのかも知れない。
いろんな奴らに声を掛け仲間を増やしてこのやかましく発狂しそうな静けさをぶち壊しに行こうぜと宣言する。

体制への反体制がロックだとするならば、この曲は反体制なんかじゃない。
体制に埋もれてしまってる奴らへの呼びかけだ。
つまり黙っちまってる奴らこそが真の体制なんだと叫んでる。
体制は腐ってる。
その下で息を潜めてる大勢こそが真の体制だ。

反体制としてロックを標榜していた奴らは結局体制側に踊らされてただけでその後吸収されてしまってるじゃないか!


どんな趣味嗜好の奴らでもいい。
ただ声を上げたいんだったらせっかくだから一緒にどうだい?と呼びかける。
それが高橋優のラブ&ピース。
みんな同じになる必要はない。
自分が愛だと思うものをただ叫んでりゃあいい。

テーマ: 男性アーティスト - ジャンル: 音楽

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知的好奇心を刺激せよ【語り合うことの重要性】 


NHKでマイケル・サンデルの白熱教室をやっていた。

日本のジレンマという番組では若手論客が日本について討論会をしていた。


今何が大事なのか。

宇野常寛氏が「わくわくさせる」というキーワードを言っていたが、これはかなり大事なことだと思う。
政治を見ればわかりやすいだろう。
絶対楽しくないじゃん、あんなの。


ふたつの番組に共通して言えるのは「再配分をどうするか」ということ。

現在なぜ停滞しているのかと言えば、過去の遺産のままで過ごしているからです。
同じシステムに乗っかっていれば停滞していくのは当然。

例えば、当時最先端のエレベーターだったとしても、40年もすれば古臭く感じるのは当然のことですよね。
40年間でさまざまなエレベーター事故があったのに、いまだに同じエレベーターを使っているような状況です。
当然知識として事故に遭わない方法を学び、その知識を拡散することはできる。

でもその知識を知る機会を逃したら、常に危険にさらされ続けるような状況です。


解決方法はふたつ。
エレベーターをバージョンアップするか、そもそもエレベーターに頼らないか。



あくまでわかりやすい例として「エレベーター」を持ち出しました。

先に書いた通り、重要なのは再配分の方法です。


親や国や出生や時代や、つまり「運」によってスタート地点に立てるかどうかが決定付けられるような社会はいけない。


再配分の方法というのは難しい。
なぜならどんな再配分の方法も、損をする者が生まれるからです。


「みんな平等にしよう」
『がんばってる人もがんばってない人も同じだけもらうなんて不平等だ』

「じゃあがんばってる人に多く配分しよう」
『数字に表れないだけですごくがんばってる人もいるよ』

「では先生が評価を決めることにしよう」
『あの先生なら良いけど、この馬鹿な先生に決められたくない』


という具合に。


この記事だけで語りつくすことは不可能なので、あえて乱暴に結論づけると、「親と子を切り離すシステム」というのが大事だ。

キャッチーにするためにインパクトを残す言い回しをしましたが、別に親と子を別々に暮らさせるという意味ではありません。
親の影響をモロに受けない環境が大事、ということです。

そしてこれは親だけではなく、馬鹿な親の言いなりにならない社会、ということです。
馬鹿な先生、馬鹿な政治家、馬鹿なネットユーザーなどなど、馬鹿に支配されない社会というのがとても大事です。


そのためには話し合うことがすごく大事です。
話し合うきっかけを潰そうとする者こそを批判し続けなければならない。

しかもこいつらはすごく頭が良いので、わかりやすく議論のきっかけを潰すようなやり方はしません。
遠回しに外堀を少しずつ埋めてきます。


「楽しい」という嗅覚をつねに働かせて、それを潰そうとしてくる奴らに抗おう。
そして議論に踏み出しましょう。

可能性を狭めるような奴らの言う事なんか聞く必要ありません。


テーマ: 哲学/倫理学 - ジャンル: 学問・文化・芸術

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