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実存浮遊

映画やアイドルなどの文化評論。良い社会になるために必要な事を模索し書き続けます。

宮台批判はすでに手中 

「14歳からの社会学」に対する批判がある。
それは宮台が提唱する幸福は、そこから必ずこぼれ落ちる者が存在する、という批判です。
必ず救われない者が生み出されるシステムはダメなシステムだ。
このようなことを言いたいらしい。

馬鹿か。
こういう批判をする奴の馬鹿な点が2点ある。

ひとつは、まだそこまで到達してない内から勝手に弱者を想定しぎゃーぎゃーわめいてる点。
もうひとつは、その批判構造はすでに宮台真司が散々使ってる点です。

まず二つ目について言います。
宮台真司は「どんなに社会が幸福になろうとも、必ずそのことが不幸だと感じる者が存在し続ける」ということに敏感です。
なぜなら宮台自身がそうだからだ。
幸福な社会でも救われない人自身が、そのことに気付いてないはずがない。
だからこの批判を宮台真司にするのは馬鹿です。

そして一つ目。
宮台真司が言う「人と人とのつながりを強固なものにしろ」というメッセージ。
それに対し「人間関係をうまく築けない人はもうダメだ」と言うのはナンセンスだ。
そういう人を抱え込む社会システムが必要だ、と散々説いてるじゃないか。
もっと言うと、宮台真司の理想の社会で1000人中900人が救われたとしよう。
100人はますます救われない状況に追いやられた。
じゃあその100人に対して新たな施策を打つべきだ。
そして救われた900人がいることもしっかり認めるべきだ。

批判は大事です。
でも「ミヤダイ」を批判したい人は、900人すら救えないことをまずしっかりと肝に銘じよう。


まとめます。
・宮台への批判は宮台先生自身がすでに想定しているものがほとんど
・宮台先生ができることをまず認めよう


自分の感情に従ってぎゃーぎゃーわめいてすっきりするのは勝手だが、誰も得しないよ。
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テーマ: 哲学/倫理学 - ジャンル: 学問・文化・芸術

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