fc2ブログ
05« 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.»07

実存浮遊

映画やアイドルなどの文化評論。良い社会になるために必要な事を模索し書き続けます。

「マルコヴィッチの穴」の幸福不可能性 

スパイク・ジョーンズ監督 チャーリー・カウフマン脚本の映画「マルコヴィッチの穴」を観た。

ストーリーを簡単に紹介する。

人形師のクレイグは技術があるのに世間に認められない。
生活のために就職した会社には謎の小さなトンネルがあった。
その穴を通ると俳優のジョン・マルコヴィッチの脳につながっていた。
15分間だけマルコヴィッチを体験できる。
人生観が変わるほどの体験をすることで、夫婦生活や人間関係が激変する。

何度もマルコヴィッチの脳に入ることで、やがてクレイグは人形のようにマルコヴィッチを操れるようになる。


以下内容に触れネタバレを含むので、ご覧になってない方は了承の上お進みください。



■ 自分のままでは幸福になれないし、他者になっても幸福になれない

主人公が就職した会社は実は、マルコヴィッチの脳を乗っ取るために社長が作ったものだった。
脳を乗っ取りその人物を操ることで永遠に生きることを願っている。


マルコヴィッチを乗っ取り愛する女性と生活をするクレイグ。
俳優から人形使いに転向すると宣言したクレイグは、人形遣いとして成功する。

だが愛する女性はクレイグの妻のことをずっと愛していた。

マルコヴィッチの脳を出たクレイグは愛する女性に再び一緒に暮らすよう頼むがあっさりと見捨てられる。

クレイグはもう一度トンネルを通りマルコヴィッチになろうとするが、時すでに遅く、マルコヴィッチは会社の社長に乗っ取られていた。
クレイグは愛する女性とマルコヴィッチの間に出来た子供の脳に閉じ込められる。
その女の子は、マルコヴィッチの脳がクレイグの妻に乗っ取られていた時に出来た子供だった。

そんな子供の脳に閉じ込められ、操ることもできないまま、ただ愛する女性と妻が仲良くしているところを見つめることしかできない。

天才的に人形を操れ、マルコヴィッチの人生すら操ったクレイグは、女の子の脳内に閉じ込められ、体を動かすこともできず、当然愛する女性とも妻とも交わることができないまま一生を終える。


人形使いとして認められないクレイグは、愛する女性のためにマルコヴィッチの脳を乗っ取る。
そして地位を得て、人形使いとしても成功する。
だが幸せになれない。

自分のままでも幸せになれず、名優になっても幸せになれない。
自分と無関係の子供の脳に閉じ込められ、何もできなくなる。


幸せになるにはどうすればいいのか。

■ チャーリー・カウフマンと猿

幸せになる答えが記されている。
映画の冒頭、クレイグの妻が治療している猿を見てあるセリフを吐く。

「猿は幸せだ 意識とは呪いだ」

意識があることで人は不幸になる。
意識が無ければ不幸にならない。

チャーリー・カウフマンと言えば「ヒューマン・ネイチュア」の脚本としても有名だ。
ここでもチャーリー・カウフマンは猿として生きることは幸福で、人として生きることは不幸になることだと説く。

猿は猿として生きていることに幸福を感じられるだろうか。
否。
だからこそクレイグは「意識を持たない猿こそが幸福だ」と言う。
幸福かどうかを判別できないぐらいの知能でなければ幸福になれない。
というか幸福かどうかのレベルで生きていない。

一方クレイグは人形使いとして認められずに不幸を感じ、愛する人に見捨てられ不幸を感じる。


意識を持たざるを得ない人間は不幸になるしかない。
不幸と感じるようにできている。
そしてもう我々は猿にはなれない。
「マルコヴィッチの穴」の悲哀を感じられるほどの知性を持つ者は、自分がもう猿ではないことを知っている。
そしてマルコヴィッチに通じる穴の存在も無い。
だとすれば、今を今のまま生き続けるしかない。

親に愛され幸福に包まれている少女が救いだ。
猿だけが幸福なわけではない。
スポンサーサイト



テーマ: 映画レビュー - ジャンル: 映画