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実存浮遊

映画やアイドルなどの文化評論。良い社会になるために必要な事を模索し書き続けます。

映画『ダークナイトライジング』から善悪の不確実性を学ぶ 

■ クリストファー・ノーランが描く不確実さ


『ダークナイトライジング』を観ました。

クリストファー・ノーラン監督は倫理・哲学を問う監督だ。

『フォロウィング』では時間軸がバラバラであり、時間の流れが一定ではないことを表現しているかのようです。
『メメント』では自分の記憶が自分を形成しているかどうかを疑う。
『プレステージ』では自分が消えたとしても自分は残るのかどうかを問う。
『インセプション』では夢と現実の境界の無さを描きました。

『バットマンビギンズ』からの3部作では主に「悪を無くすには悪が必要か」について描かれています。


以下ノーラン監督作品のネタバレを含みますので了承の上お進みください。





『ダークナイトライジング』の感想の前に、『バットマンビギンズ』から順を追って考えていきたい。

『バットマンビギンズ』ではバットマン誕生の秘密が明かされる。
古井戸に落ちた少年ウェインは大量のコウモリに襲われ恐怖を植え付けられてしまう。
その後両親と舞台を見に行った時に黒いカラスのような演出にコウモリの恐怖心がよみがえり劇の途中で帰りたいと父親に告げる。
劇場を出たところで金品強盗に襲われ両親を殺されてしまう。
警察官のゴードンが少年を励ます。

青年になったウェインは、出所した犯人を殺害しようとするが、その前に何者かに犯人を殺されてしまう。
腐敗に満ちたゴッサムシティではウェインの力はあまりにも小さ過ぎる。

金品強盗を殺すのではなく、強盗が生まれないような街にするためには、ゴッサムシティまるごと浄化するしかない。
修行の旅に出たウェインは「影の同盟」という組織で精神と肉体を鍛える。
ラーズ・アル・グールの教えに納得がいかず、組織の建物を破壊してゴッサムシティへと帰る。

両親の死の原因とも言える恐怖の対象である「コウモリ」をシンボルとし、莫大な財力と科学技術によりウェインはバットマンとなる。

強力な麻薬をさばいている精神科医クレイン(スケアクロウ)と影の同盟の策略を阻止するためにラーズ・アル・グールを倒すバットマン。


ジョーカーの登場を暗示させて物語は一旦終了する。



第2作『ダークナイト』ではタイトルからも分かるとおり「バットマン」が主役ではなくなる。
テーマは「悪」。

『ダークナイト』には二人の悪が登場する。
絶対悪としてのジョーカー。そして正義から悪へと堕ちたデント検事だ。
共謀罪を適用して犯罪者の一斉摘発をするデント検事。
バットマンでも成し得なかったゴッサムシティの浄化をしたデントに真の正義を見出し引退を考えるウェイン。

だが一方で、ジョーカーはバットマンの正体を明かさなければ市民を殺しまくると宣言する。

道徳の範疇でしか行動できないバットマンは、倫理を逸脱しているジョーカーを倒すことができない。
自分がバットマンであると突然告白したデントは、ウェインの幼なじみでデントの恋人であるレイチェルと共にジョーカーに捕まってしまう。

ジョーカーを見つけそれぞれ別の場所に捕まってしまった二人の居場所を聞き出す。
ウェインは愛しているレイチェルの元へ、ゴードン警部達はデントの元へ。

だがジョーカーは居場所を逆に教えていて、バットマンはデントを救い、レイチェルは死亡してしまう。
その際デントは顔の左半分を焼失し、恋人も失い怪人トゥーフェイスへと変貌する。


ジョーカーは次に「相手の船を爆破することで自身が乗ってる船は助かる」という倫理問題を投げかける。
片方は一般人乗客、もう片方は罪人だ。

同時にバットマンはジョーカーを捕まえるために道徳を踏み外す。
ゴッサムシティの全ての電波を傍受してジョーカーの居場所を突き止めたのだ。
逸脱した正義は悪と同じである。
トラウマも持たずにただ悪の限りを尽くすジョーカーと、正義のためだけに正義行動をするバットマンは表裏一体だ。

そして正義から悪と化したトゥーフェイス(デント)が象徴的にコイントスをする。
どちらに転ぶかは運次第。

ゴードン警部の子供を人質に取ったトゥーフェイスはビルから転落死する。
バットマンは、あくまでデントこそがゴッサムシティの正義の象徴であり、デントの本性を公表することはゴッサムシティのためにならないと、自身がすべての罪をかぶる。

デントはいつまでも「光の騎士」であり、バットマンは「闇の騎士」になることでゴッサムシティの均衡を保とうとし、闇へと姿をくらますのだった。


そして『ダークナイトライジング』はそれから8年後を描く。


■ 『ダークナイトライジング』の「デント法」は善ではない


デントを殺したとされるバットマンは姿を消した。
ゴッサムシティの正義の象徴となったデントだが、事実を知っているゴードンはいつもデントの闇を告白したいと思っている。

「デント法」が作られ汚職や犯罪は激減した。
(作中では「デント法」について語られないが、おそらく共謀罪の発展系と重罰化なのではないか)

だがそもそもデントは怪人トゥーフェイスへと堕ちてしまったのであり、「デント法」とは悪から派生した悪を取り締まる法律なのだ。


そして「デント法」は新たな犯罪を呼び起こす。

キャットウーマンは自身の犯罪歴を消すためにデータ消去ソフトが欲しく、そのために彼女は取り引きとしてウェイン邸に忍び込み、ウェインの指紋を盗む。
「デント法」とは、少しの悪でも逮捕し街から排除する一方で、少しの罪でもその犯した者を永久に封じ込める法律でもあるのだ。

まさに「快適かも知れないが優しくはない街」である。

「悪」の問題というのは難しい。
前作『ダークナイト』ではジョーカーが明確な「悪」だった。
口が裂けた原因も語る相手によって変え明確な敵意もわからず、ただ純粋に人倫に反する行為が好きなだけ、というジョーカー。
そしてデント検事に至ってもわかりやすい「悪」だった。
圧倒的な「善」は守るべき対象を失い「悪」へと堕ちる。
バットマンもジョーカーを倒すために道徳に反し、デントを光の騎士にするために悪として振る舞う。


『ダークナイトライジング』では、キャットウーマンを見てもわかるように、彼女は犯罪者ではあるがゴッサムシティを救うヒロインでもある。
「デント法」に縛られている限りこの街を救うであろう人物すら封殺してしまう。


悪とはなんなのか。

前作『ダークナイト』では、お互いの起爆装置を持っている爆弾が仕掛けられたふたつの船の問題に対し、「なぜか起爆しない」という結論を描いている。
相手を爆発させてまで生き残りたくない、と。

ジョーカーの悪に理由が無いように、善にも理由などない。


マスクをした怪力男ベインがメインの『ダークナイトライジング』では、悪の理由が描かれている。
それは恨みだ。
トゥーフェイスのように社会を憎んでいる。

若き日のラーズ・アル・グールは将軍の娘と恋に落ち追放されてしまう。
将軍の娘は地下の牢獄である奈落に閉じ込められ、その時すでにミランダを身ごもっていた。
幼いミランダを地上に上げるために守ったベインは、囚人のリンチに遭いマスクでガスを常に吸引しなければならない身体となってしまう。


ラーズ・アル・グールの怒りは愛すべき人を陵辱されたから。
娘のミランダは父をバットマンに殺されたから。
ベインは影の同盟のボスであるラーズ・アル・グールと娘ミランダの意志に従うため。


そしてミランダを演じたマリオン・コティヤールは『インセプション』でディカプリオの妻役を演じていました。
『インセプション』では脱出できない夢の深層を「虚無」と表現していた。
現実感を喪失させ、コブの邪魔をする役。

脱出不可能なところ(虚無)から這い上がるも自身の現実を信頼できないモルと、脱出不可能な奈落から這い上がり悪意に満ちた現実を破壊しようとするミランダは似ている。


自殺することで現実世界に戻れるとインセプションされたモルは自殺を願い、ミランダはこのクソ社会を破壊することを願っている。
自分か他人かの違いなだけで、すべて無くしたいということが共通しているとも言える。

言わば究極の悪一掃。
決してバットマンでは決断できない悪の排除方法だ。

「デント法」で犯罪を企んだだけで逮捕し投獄し続けることと、中性子爆弾ですべての人を一掃するのとどう違うのか。

ゴッサムシティには善人だっている、という反論には「キャットウーマンのような街を救う人物すら投獄されてしまうのだ」と返したい。
自分の命をかけて街を守る泥棒を封殺する「デント法」は是か非か。


■ 究極の善は究極の悪なのか


ウェインの行動規範は我々には想像できない。
巨額の資産を投じて秘密兵器を操り、身を犠牲にして悪者に立ち向かう。

ジョーカーの行動理由が不明なのと同じように、バットマンの善の行動も理解できない。

そしてジョーカーのように「バットマンと対決することを楽しみ、ゲームとして人を殺す」ような奴が生まれ、ゴッサムシティを救うために倒したラーズ・アル・グールの娘が復讐としてゴッサムシティを大爆発で消そうとする。

言わば究極の善が究極の悪を引き寄せているのだ。

ラストでバットマンがゴードンの「ヒーローがいなくなったらどうすればいい」という問いかけにこう答える。

「ヒーローとは泣いている少年にコートをかけ世界の終わりじゃないと言える者のことだ」

すなわちゴードンこそがヒーローである、と説くのだ。


あくまでバットマンは闇の騎士であり、善ではない。
自身の行動が悪を呼び込むことは何度も経験した。
悪の排除は悪の増幅でしかない。


だから、自動操縦ができるにも関わらず、自ら操縦し中性子爆弾と共に爆発したのは必然。
バットマンがいる限り悪は滅びないのだ。


そして若き日のゴードンの言葉を吐ける者こそがヒーローであり、その言葉に救われたと伝えるウェインは、バットマンの隠れ家をゴードンではなくロビンに託す。
なぜなら現在のゴードンはデント法に縛られスピーチで暴露もできない存在になってしまっていて、若き日のゴードンとは違うからだ。

隠れ家を託されたロビン。
ロビンと言えばバットマンの相棒として有名だが、『ダークナイトライジング』では相棒として登場しない。
闇の騎士として死んだバットマンは悪の連鎖を断ち切る。
バットマンの相棒ということは、正義を行使し結果的に悪を呼び込む行動に加担していることになるが、バットマン亡き今「相棒」ではなく「新ヒーロー」ロビンとなる。
警官のままでは若き日のゴードンのような意志を持っていても、いずれ現在のゴードンのような縛りを受けてしまう。
だからロビンは警官を辞めたのだ。


究極の自己犠牲を見て魂を貫かれ、自らヒーローとなる。


クリストファー・ノーラン監督が描くバットマンシリーズでは、「善が本当に善なのか、悪が本当に悪なのかわからない」ということを描いた。
そして「他者を奮い立たせる言動ができる者がヒーローである」というメッセージが含まれている。

ゴードンの言動がウェイン少年をバットマンにし、バットマンの自己犠牲がロビンをヒーローにする。


「禍福は糾える縄の如し」
「人間万事塞翁が馬」
善行が悪行を呼び込み、その悪行が善行を呼び込む。

この世から悪は滅びない。
そもそもこの世にヒーローなどいない。
中性子爆弾を抱えて死ぬようなヒーローなどいない。
だから我々は若き日のゴードンのように振る舞うしかない。
例えその子がやがて闇の騎士になる可能性があっても。

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