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実存浮遊

映画やアイドルなどの文化評論。良い社会になるために必要な事を模索し書き続けます。

宮台真司は詩人だ【世界はそもそもデタラメである】 

宮台真司は詩人だ。

詩的フレーズを散りばめることで、僕のような学識の無い人間にも通じるような戦略を取っている。


戦略なのか。
詩的にならざるを得ないからこそ詩的フレーズを吐いているのか。
僕は彼が戦略ではなく、詩人だからこそ詩を紡いでるように思える。


有名なフレーズで「終わりなき日常」というのがある。

多くの人がこの言葉に酔った。
これだけで詩人であることは揺るぎない証明。
当然詩的フレーズなので誤訳されてしまう場合も多かった。
「日常は終わるだろ」と。

なんて馬鹿なんだろう。
馬鹿というより「無粋」と言った方が良いか。

そしてまんまと宮台真司の戦略に釣られている。
詩的フレーズのフックに引っ掛け、より奥へと誘う。

限られた文字数や決められたテレビ出演時間ではすべてを伝えることは不可能。
だから彼は短くてインパクトのあるフレーズを用意した。
言わば詩のタイトルのようなものだ。

インパクトのあるタイトルで興味をわかせる。



評論家の宇野常寛が「宮台真司を文学として読み解く」ということを行なったそうだが同じような感覚だろう。


宮台真司が常に意識しているのが、一般大衆には詩的フレーズで導引し、エリート層には論理で導引する、というもの。
一般大衆は論理は理解できないがパワーがある。
動かすためには論理ではなく詩的フレーズだ。

小泉元総理が当時、勢いのあるフレーズだけで国民を動かしたのは記憶に残っている方も多いだろう。



人々を突き動かすのは精緻に構築された論理ではなく、情動を突き動かす詩だ。



映画評の連載をまとめた著書『絶望 断念 福音 映画』『<世界>はそもそもデタラメである』が僕はとても大好きだ。
この2冊が僕を映画へと引きつけて止まない。

彼は社会学者だが社会の外について言及したがる。
社会とはコミュニケーション可能なものを指す。
その外部に敏感になることでかろうじて社会内部で生きていけるのだ。
彼はこう説く。

福音が訪れるのを待て、と。
平板な日常は終わらない。昨日あるように今日もある。もう輝かしい未来など想像できない。だがそれでもこの「終わりなき日常」を生きろ、と。
そのために、社会の外部から訪れる説明不可能なすごいものを待て、と説く。


社会の内部が日常。外部からの訪れは非日常。
非日常は様々だ。
ダンス、祭り、セックス、臨死体験、宗教、打ち上げ花火などなど。

それらを体験することで、日常に戻った時に「世界はまんざらでもなかったんだ」と思える。
(だが現在の日本は非日常体験を排除しようとする傾向にある。だから僕は原稿用紙53枚分の文字を使ってそれに抗おうとした)



非日常とは自分が自分で無くなる場面だ。
なぜか身体が熱くなったり、なぜか泣いていたりする。
自分ではない自分との出会い。
新たな自分に気付くこと。
それはちっぽけな自分かも知れないし、日常を捨ててまで非日常に耽溺してしまいそうな自分かも知れない。
何もわからない。

そう、そもそもデタラメなのだ。
世界も、社会も、自分も。


現在の社会システムがうまく回っているように見えるのは、たまたまうまく回っているだけだ。
(実際年間の自殺者が30000人を越えており、自殺率が先進国の中でも異例であることから、すでにシステムが破綻していることは明らかだが)

人も同じ。
人というシステムがうまく回っているように見えるのは、たまたま現在うまく回っているだけだ。


僕が根本的に何も信じていない(からこそすべてを信頼して接することができる)のはこのためだ。

「信頼」というのは、たまたま偶然そのように回っているだけだ。
ハンバーガー屋に行って見ず知らずの女性に注文し、裏で何をやってるかわからないけど、なぜか注文した物が出てきた。
そして貨幣価値があるかどうかもよくわからない紙を出し、銀色や茶色の硬化を受け取る。

電車に乗ると行き先は表示されているが、運転手の顔も名前も性格も知らないのでどこに連れて行かれるかわからない。
でもなぜか目的地に到着している。

前回そうだったように今回もそうだったから信頼している。
たまたまだ。


そう、すべてはそもそもデタラメなのだ。
それなのに、なぜかうまく回っている。
このすごさに貫かれている。



人は日常だけでは生きていけない。
非日常を体験しなければ生きていけない。
この「非日常」がたとえシステム管理されており、日常の枠内だったとしても、ある程度は有効だ。
「非日常」の端緒に触れることで、日常の枠の外に気づくことができる。



とりとめもなく書き殴ってしまった。
強引にだがまとめてみよう。

詩的フレーズに触れ、社会のデタラメさに気付け。
そこで打ちのめされ社会を生きる気力を失うかもしれない。
でも<世界>はそもそもデタラメだ。
信頼社会など微塵も信頼の上に成り立っておらず、たまたまそう回ってるだけだ。
何を絶望することがあろうか。
そしてその絶望からすべては出発する。

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テーマ: 哲学/倫理学 - ジャンル: 学問・文化・芸術

この記事に対するコメント

「詩的フレーズ」についての感想を少し述べたいと思います。

論理的な話だけじゃなく、心に響くフレーズを訴えることで初めて人は納得する。
自分は日本語、言葉を専攻しているので特にこの部分は重要視してます。
昔から孔子による論語や、有名な詩人による和歌集は人を惹きつける魅力を持っています。
同じような内容でも、言い回しが違うだけで「名言」か「ありきたりな表現」のように区分されてしまいます。

その違いは主になんなのか。

ここからは私の主観ですが、聞く側に言葉を考える「余白」があるかどうかだと思います。
例に出しますとマイケルジョーダンの名言「運命よそこをどけ。オレが通る」なんかもイイ言葉だと思います。これがもし「運命は自分が切り開く」みたいな言い回しだったらそこまで人の記憶に残るようなものにはならなかったのではないかと思います。
一言聞いて「そりゃそうだ」とならず、一瞬??となり考えてしまうような言葉の方が人々に影響を与える、インパクトがあるような気がします。

もう一つ、言葉に関する考察として石井裕之さんがコールドリーディングという話術の中で紹介する「ストックスピール」という人間の深層心理に関するお話です。占いやカウンセリングであなはこうですね?という問いに、相談者が自分のことに当てはめて考えようとする心理をストックスピールと言うそうです。

少し曖昧な、解釈が複数あるような言葉を言うことで、聞き手がそれを自己解釈して、名言になる。
こー言ってしまうと名言って騙してるだけみたいに思われることもありますが、その言葉を胸に頑張っていこうと思ってくれる人がいるのなら、どんどん名言を作っていきたいな、と思います。

聞く人が元気になるためにも、自分の言いたいことを簡潔に言葉にするためにも、詩的フレーズというのは大事なことだなぁと思います。

URL | アロエ #-

2012/08/17 21:45 * 編集 *

アロエさんへ

コメントありがとうございます!


> ここからは私の主観ですが、聞く側に言葉を考える「余白」があるかどうかだと思います。


CMのキャッチフレーズを見ててもわざとテンポをずらしたりしてますよね。
五七五調だと納まりは良いけど聞き流しちゃいます。
それを変えることで「五七五だったら良かったのに」と思わせる。

「終わりなき日常」の場合、この言葉だけで敏感に受け取れる人もいれば、
内容を知って納得できる人もいて、さらには内容を見ても全然理解できない人もいる(笑)。
精密じゃないけど自由度がある、というのは詩的フレーズに重要だと思います。


> こー言ってしまうと名言って騙してるだけみたいに思われることもありますが、その言葉を胸に頑張っていこうと思ってくれる人がいるのなら、どんどん名言を作っていきたいな、と思います。


僕は名言は詐術だと思ってますので(笑)、人をうまく誘導するためのフレーズが名言だと思います。
曖昧なんだけどなぜか納得させられている。
これが名言かなと。

URL | さかもと #-

2012/08/18 03:10 * 編集 *

こんにちは。
宮台真司に触れてみようと、『終わりなき日常を生きろ~』を読んでみました。パンチラインと言いたくなるようなフックのあるフレーズが多く一気に読んでしまいました。
終わりなき日常というフレーズにまず漠然と惹きつけられる。そのフックに引き込まれ読み出すと読み手は文学作品を噛み砕くようにもっと理解したい、もっと知りたいと思わざるを得ない。
面白かったです!何より僕のような日頃れにちゃんの事ばかり考えてるような人間にもそう思わせる所が凄い笑
次は『<世界>はそもそもデタラメである』読もうと思います!

URL | kak #-

2012/08/18 12:51 * 編集 *

kakさんへ

コメントありがとうございます!


> 宮台真司に触れてみようと、『終わりなき日常を生きろ~』を読んでみました。


まずは一冊目をお読みになったんですね!
「終わりなき日常を生きろ」というフレーズは強烈なフックですよね。
思わず引き込まれる強さがあります。

読むと成熟社会化しそれ以上輝かしい未来が期待できない状態にある、という内容で、
まさに一言で言い表したフレーズだと思い知ります。


> 面白かったです!何より僕のような日頃れにちゃんの事ばかり考えてるような人間にもそう思わせる所が凄い笑
> 次は『<世界>はそもそもデタラメである』読もうと思います!


できれば前作の『絶望断念福音映画』からお読みくださいませ!
一応好きな項目で読めるようにはなってるのですが、
「社会」と「世界」の違いを順を追って読めるので、前作からがいいかな、と思います。
でも基本は好きな映画について書かれたところだけ読んでもだいじょうぶです!

URL | さかもと #-

2012/08/19 00:48 * 編集 *

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