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実存浮遊

映画やアイドルなどの文化評論。良い社会になるために必要な事を模索し書き続けます。

天才の死とありきたりな者たちの「あるある感」について【お笑い論】 

最近のお笑いは「共感」がメインになっている。

ダウンタウン松本が全盛期の時は、お笑いとは「創造と破壊」だった。
お笑いの神でもあり煽動者でもある松本は、自身のフィールドを破壊し尽くしてしまった。

「松本がやることはすべて正しい」という風潮だったものが、「わからんもんはわからん」という声に駆逐されていった。
(もしかしたらインターネット普及率上昇による「声」の拡散速度の上昇が一端を担っているのかもしれない。ちなみに僕は小学生の時に原宿のダウンタウンショップで親にグッズを買ってもらったほどのダウンタウンマニアだった。元松本信者)


その後広まったのが「共感」である。
「あるあるネタ」が顕著だが、紙に絵や文字を書いて共感を誘うものや、一言ネタとして共感を誘うものなどいろいろある。

ここに来て「好かれる共感」と「飽きられる共感」にきれいに別れている。

「好かれる共感」は、さまぁ~ず、バナナマン、東京03など。
「飽きられる共感」は、いわゆるあるあるネタをやっている者たちだ。

「好かれる共感」の方は、状況がわかりやすく現実感がある。
その中で「こんなむかつく奴いたら誰だってこうする」というつっこみをする。
観客はつっこみを見て「そのとおり!」となる。
なので「共感」のお笑いは「つっこみ方」がとても大事になってくる。

さまぁ~ず三村、バナナマン日村(このコンビは相手を振り回す方がつっこみ役になったり、振り回される方がつっこみ役になったりするので、実際は二人ともつっこみと言える)、東京03飯塚。
この3人はそれぞれつっこみ方が独特だ。


一方「飽きられる共感」は、「あるあるネタ」のバリエーションを変えるだけで、しかも特定のつっこみ役がいない場合が多い。つまり相方がいない。
なのでつっこむのは観客の心の中となる。

司会者がつっこみ役も担うことになるが、その意味で今田耕司は超人と言える。

大きな声で絶妙のタイミングで誰でもわかるように訂正してくれる。
司会業で人気を得ているのは当たり前の結果なのだ。

レギュラーの「あるある探検隊」は、動きとリズム、そしてさらに「なしなしネタ」というパターン。
ヒロシやつぶやきシロー、ふかわりょうなどは「哀愁」。雑誌の読者投稿コーナー的なものだ。
レイザーラモンRGは「歌っててなかなかオチを言わない」というパターン。
COWCOWの「あたりまえ体操」は「あるあるネタ」なんだけど、「共感」というよりも「前提をわざわざ言う」というパターンです。

どれもこれもバリエーションが違うだけで「共感」の笑いです。

共感はするけど笑えない。
爆笑ではなく「わかるー!」的な軽い笑いだ。


ところがさまぁ~ずなどの「好かれる共感」は振り回されるつっこみ役がキーマンとなる。

観客の気持ちを代弁しつつ、さらに上のつっこみ方をしてくる。


つまり、天才松本は観客の予想を上回るボケをすることで、常識を破壊し、新たなお笑いの定義を創造したのに対し、昨今のお笑いはまず共感を得て、それを上回る訂正の仕方を見せている、ということだ。
(付け加えると、三村や日村はハプニングを巻き起こす、という天才性も持っている。東京03との差はそこだろう)


松本時代、お笑いとは芸術だった。
わかる人にしかわからない。

現在、お笑いとは日常に紛れた非日常だ。
日常を逸脱できなくなってしまった我々にとって、芸術性に触れることは困難になってしまった。
日常に拘束されているのだ。

だからあくまでベースは日常でなければならない。

その日常に亀裂が入る。

ネタづくりをしている大竹、設楽、飯塚はみな常識人だ。
だからこそ観客にわかりやすく伝わる。


わかりやすさというのが現在すごい武器になっている。


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テーマ: さまぁ〜ず - ジャンル: お笑い

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この記事に対するコメント

スゴく共感できる内容ですねぇ。

松本さんは『常識を破壊すること』で笑いにしてたというところは『なるほどなぁ』という感じです。

僕はいわゆる『ごっつ』世代なので、この記事を読んで最初に思い出されたのは『ごっつ』後期の『トカゲのオッサン』ですね。

子供心に『まさかこのまま1時間やらないよな』って言う考えを見事に打ち砕かれました(笑)

後期になるとそういう破壊的笑い要素が強くなりすぎたという印象もあります。

キャシー塚本の時は志村さんの『ひとみばあさん』と同じように『実際にいた人』をオーバーに表現することで笑いにしてましたし、ある意味オーソドックスな笑いをやっていたと今は思います。(それでも十分センセーショナルでしたが(笑))

三村さん、日村さん、飯塚さんとはまたいいとこついてきますね(笑)

たしかに共感できる笑い、むしろ一緒にまざりたいような笑いとも言えるかなと思います。

そういう人たちがテレビに出ていると『また笑わしてくれるんだろう』っていう期待感がありますよね(笑)ただ確かに言うほどテレビの露出が多くないからかもしれないですが東京03はまだ『チャンネル変えてもいいかな』くらいの印象です。今後もっと出てくると期待していますがね(笑)

共感できる笑いとは少し違うかもしれませんが、南海キャンディーズの山ちゃんも相方に振り回されながらセンスのいい言葉でこちらの予想をこえるツッコミで笑いを取れる天才だと思います。

ボケのはずのしずちゃんのハチャメチャな行動、言動よりも山ちゃんが突っ込んだ瞬間に笑いが起きる。

スゴく現代的な笑いだとおもいますねぇ。

そしてそれはやはり松本さんが結構自由に笑いを壊してくれたから出てきたのだろうなと思います。

『お笑いってあんな風にやれるならこんな笑いでもいいんじゃないか』って考えが松本さんのおかげで産まれたんじゃないかと。

うまくまとまらないですが、結局『松ちゃん偉大』ってことです(笑)

また松本さんにコント番組やって欲しいドレスデンでした。

URL | ドレスデン #-

2012/10/05 17:42 * 編集 *

ドレスデンさんへ

コメントありがとうございます!

> 松本さんは『常識を破壊すること』で笑いにしてたというところは『なるほどなぁ』という感じです。

吉本新喜劇へのアンチテーゼとも読み取れます。
パターン化された笑いを壊し、次に何が起こるかわからない緊張感を与えました。

緊張感と言えば、大御所に無礼をしていく、というのもありましたね。
ダウンタウン自体が大御所になってしまったのでその魅力も無くなってしまいましたが。


> キャシー塚本の時は志村さんの『ひとみばあさん』と同じように『実際にいた人』をオーバーに表現することで笑いにしてましたし、ある意味オーソドックスな笑いをやっていたと今は思います。(それでも十分センセーショナルでしたが(笑))

気違いを演じる危うさ、というのがありましたね。
コミュニケーション不全によるお笑いです。
そもそも「ボケ」と「つっこみ」もコミュニケーションの不成立を楽しむものですからね。


> 共感できる笑いとは少し違うかもしれませんが、南海キャンディーズの山ちゃんも相方に振り回されながらセンスのいい言葉でこちらの予想をこえるツッコミで笑いを取れる天才だと思います。

確かに!
つっこみと言えば攻撃的、というのを逆にしている人物の一人です。

URL | さかもと #-

2012/10/06 10:02 * 編集 *

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