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実存浮遊

映画やアイドルなどの文化評論。良い社会になるために必要な事を模索し書き続けます。

3.11以前と以降で「絆の意味」は変容したのか 


パソコンが壊れたと思ったら今日は起動しました。
気まぐれです。

なので書きたいと思ってたことを出力することにしよう。

やっぱキーボードの入力は楽ですねぇ。
iPhoneだと遅くて遅くてイライラしてダメです。

せっかくコメントくださったのに返信が遅れてしまって大変申し訳なかったです。


さて、パソコンを使えなかった期間に何があったっけなぁ。


思いつくまま書いていきますので読みづらいかもしれませんが、まぁ日記なのでご了承くださいませ。



まず『ジョジョ展』に行ってきました!

平日の最終の回だったんですけど、入場に1時間掛かりました。
すごい人気。

原画展だったんですけど、もう待った甲斐がありました。
噂ではすでにチケットは完売だそうで。
行っておいてよかったです。
「後半空いたぐらいに行こうかなぁ」とか考えてたので。

原画ということで、すでに見たことあるイラストばかりなんですけど、全然迫力が違う。
うっかりすると本になってしまいそうです。
(ジョジョ第4部に登場する漫画家のキャラクター岸辺露伴の能力は、彼の絵を見たものを本にする、というもの。生原稿に触れた登場人物が本にされてしまうのでした)


会場も広く、1部から順を追って展開されており、大変楽しめました。
6部のスペースでキャラの名前がわからずイライラしましたけど。
(ディスク回収の鳩サヴェジ・ガーデンとロッコバロッコ館長のワニのぬいぐるみシャーロットが出て来ず)

スタンドを出現させられるカメラがあったんですけど、ハイエロファントグリーンでした。
がっかり。
ゴールド・エクスペリエンスが良かったのに!



そうそう。
ジョジョの最新小説『ジョージ・ジョースター』を読了。
すごい分厚いんだけど、なんとか2日間で読み終えました。
ジョジョ25周年の「VSジョジョ」という企画の3冊目。

舞城王太郎が執筆したんですけど、3冊の中で一番すごかったです。
西尾維新のDIO小説はちっともおもしろくありませんでした。
『恥知らずのパープルヘイズ』はバトル小説として堪能できました。

「舞城王太郎」という人物自体が特殊な小説家なのか、読む人を選ぶ感じでしたけど、個人的には楽しめました。
まぁ乙一版がジョジョ小説の中で一番であることは変わりありませんが。
(メタ的という意味では、舞城王太郎の「メタ的小説」より、乙一の装丁を含めて『TheBook』自体がメタ、という方がおしゃれだと思う)


舞城版のネタバレは避けますが、「VSジョジョ」というテーマに沿った、ほんとうにジョジョの歴史に挑んだ怪作だと思いますので、ジョジョ好きにはぜひ読んでいただきたいです。
ジョジョ好きに反感を買うような内容かも知れません。



あとなんだろ。

東京タワー行ったり、金魚の水族館バーに行ったり、大学の学園祭に行って椿鬼奴の鬼MAXを生で見たり、デートばっかりしております。


学園祭で学生の展示発表を読んだんですけど、僕が期待してるようなものは得られず。

まぁ学園祭に本気で挑む生徒なんかいないんでしょうけどね。


僕は基本的に僕を壊してくれるものに出会いたいので、想像の範囲内のものには興味無いのであります。

『星の王子さま』を題材に、3.11以降「絆の意味」が問われているということを発表されても何も感じないのです。
だって3.11以降意味が変容したものなんていくらでもあるじゃないですか。

そもそも非常事態の時は常態のシステムが立ち行かなくなるのは当たり前のことです。

後ろから巨大な岩が転がってきているのに律儀に信号を守る奴はいないのと似ています。


いざというときに自分がどんな行動を取るかわからない。
普段論理的に振舞っている奴(僕のような)が非常時にどんな振る舞いをするか予測できないのです。

そのような人物を描く作品がいくらでもある。

日常では温厚で正義感にあふれる好人物も、死の瀬戸際になって他人を蹴落としてでも助かろうとする人物に急変した(ように見える)など。

これは「信じられない」とか「そんな人に見えなかった」とかのレベルじゃないのです。
そもそも人はそういうものなのです。

というかシステムとはそういうものです。
特に日本では、常態で回ることを前提としているシステムばかりなので、ちょっと経済が回らなくなったごときで社会システムも立ち行かなくなります。
ぼろぼろ自殺者が出ているのが証拠です。

よりよき社会システムなら、金を失ったがごときで全てを失わずに済むはず。
社会での失敗が社会で生きることの終了にならないようにすくい上げるはずです。

でも現在では、社会での失敗が人間関係の消失になり、孤独に追い込まれた人物は自殺させられてしまう。


なので、3.11以降「絆の意味」が変容したのではなく、真実と嘘っぱちが明文化・可視化・実体化・触覚化しただけです。
3.11以前での、落ち込んでいる者への励ましの言葉と、3.11以降での、落ち込んでいる者への励ましの言葉とが全然別物であることに気付いただけの話です。


高卒の僕にとって、大学生ってすごい頭がいいイメージがあるので、僕ごときの期待を越えない文章を発表されるとがっかりしてしまう。
勝手ですけど。


東大の学園祭とかっておもしろいんですかねぇ。

まぁ鬼奴がおもしろかったからいいんですけどね。
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テーマ: 日記 - ジャンル: 日記

この記事に対するコメント

私も高卒ですが、大学生なんて全然賢くないですよ

十年ほど前、仕事で大学生アルバイトを使うポジションにいたのでわかります
京都で特に学生の多い街なので
極端なのが京大生で、10人いれば、ひとりはスーパーマン。 残り9人は勉強しか出来ない使えないバカでしたwww

URL | Kはん #-

2012/10/27 22:18 * 編集 *

Kはんさんへ

コメントありがとうございます!

> 極端なのが京大生で、10人いれば、ひとりはスーパーマン。 残り9人は勉強しか出来ない使えないバカでしたwww


そうなんですね。
「大学生」というカテゴライズは無駄ですね。
頭いい人は良いし、悪い人は悪いと。

URL | さかもと #-

2012/10/28 17:39 * 編集 *

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