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実存浮遊

映画やアイドルなどの文化評論。良い社会になるために必要な事を模索し書き続けます。

酉の市に行ったこと 『悪の教典』を見たこと 


先日連れに誘われて花園神社の酉の市に行ってきました。


すごい人だ。
新宿でこんな祭りやってたんですね。
どうやら豪華な熊手を売るお祭りらしいです。
商売繁盛。


見世物小屋が有名らしいので入る。


江戸川乱歩の世界だ。
すごいです。

もし子供時代にこれを見てたら歪んだ性格になったことだろう。
怪人二十面相が美女を連れ去りそうな雰囲気。


見世物小屋の内容は下手な手品とニシキヘビ披露と作り物っぽい双頭の子牛ミイラ披露とかそんなの。
あとはヘビ生食い女とにわとり生食い女が出ました。

スーパー気持ち悪い。

ずっと「何やってんだよ」ってつぶやきながら見てました。
きもちゃーりーなー。

非日常体験をさせていただきました。


ただ司会者のおばちゃんが慣れ過ぎちゃってて流れ作業になってるのがもったいないですね。



お祭りの非日常は大切です。

日本人はもともとお祭り体質です。
日常があり、非日常を体験し、再び日常に戻る。
平板な日常は輝かしい非日常があるからこそ生きられます。


でも近代はお祭り感が失われています。

だから体験できるお祭りはどんどん行くべきです。




あと『悪の教典』を見てきました。
以下ネタバレです。



三池監督は数本見てますけど、ほんと人を食った映画を作る人ですね。

細かいつっこみはいっぱいあります。
でもそういうのを吹き飛ばすほどの迫力でした。
猟銃で吹っ飛ぶ生徒が過剰で現実感がありません。


序盤のダラダラとした設定説明は、後半の大殺戮で全部はじけ飛びます。
ただ悪趣味に生徒たちが殺される映像が続く。

三池作品で『デッドオアアライブ』というのがありますが、あのオチを思い出しました。
殺人鬼ハスミンを狙うアーチェリーの矢と、その生徒を狙うハスミンの猟銃の弾丸。
でも矢に散弾が当たって軌道が変わり、残念ながらハスミンは倒せず!
ってバカか(笑)。

かめはめ波を撃ち合う竹内力と哀川翔のようでした。


物語の最初に英語の授業で「マグニフィセント」という単語が出る。
グレートとかエクセレントよりも上の賞賛。
歓喜に震えるとか神の啓示を浴びたあとみたいな、それぐらいの賞賛らしいです。
つまり観客は、いつこのセリフが出るのか、と待つことになります。

んでオチでこの単語が出るんですけど、それのきっかけがかなり弱いんですよね。
「マグニフィセント感」が一切無いのにこの賞賛をするハスミン(伊藤英明ですね)。
女子生徒に「こいつは精神病を演じて罪逃れしようとしてる」と見抜かれたことに対して「マグニフィセント」と言います。

え?
そんなもんでいいのか?

映像上、オーディンのカラスの使いの目と女子生徒の目が重なる演出はあるんですけども。
それにしても弱い。


まぁこの映画自体悪ふざけなんでね。
エンディングテーマがEXILEですから。
すべて台無しにするほど違和感がありまくりです。

そう。この映画のテーマは「普通の人」です。
当たり障りのないエンディングテーマがそれを示しています。


あくまで普通の人のハスミンなんですよ。
生徒を殺してる姿も狂人という演出ではなく、あくまで計画に則って殺していきます。
美術教師の錯乱というストーリーを仕立て上げるために殺しているのであって、殺人が快楽なわけではありません。

つまりは、あれは我々の姿です。
サイコパスでも殺人鬼でもない我々と同等です。


映画が終わり劇場をあとにすると、出てきた観客の女の子達が「こわいねー」と言い合ってました。

こんな悪質なコメディ映画が恐いって?!

まったくリアリティも無い、異常者も出てこない殺戮ムービー。
ただハスミンは、計画を遂行させるより殺人の敷居の方がたまたま低かっただけの話です。



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