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実存浮遊

映画やアイドルなどの文化評論。良い社会になるために必要な事を模索し書き続けます。

キス我慢選手権という破壊 


『ゴッドタン キス我慢選手権 THE MOVIE』を見た。
この映画はすごい。
この映画は映画館で見なければ意味がない。

なぜか。
それはこの映画は映画を破壊しているからだ。
「映画とはこうあるべき」という我々の概念を破壊するには、まさに映画館という状況で体感しなければならない。

これからの文章はネタバレを含む評論である。まだこの映画を見ていない方はこの先の文章を読まずにすぐにでも映画館へ駆け込んでいただきたい。
また映画を見に行く気は無いけどこの文章を読んでやるよ、という奇特な方は、一読後映画を見たくなっていただけたら大成功だ。
より多くの人にこのすごい映画を体感していただきたい。



■ 映画を見に行くということ


テレビ放送のキス我慢選手権と、この映画とでは何が違うのか。
それは我々の態度だ。

バラエティ番組の1コーナーが映画となった。
テレビで寝っ転がって流し見で視聴できたものから、わざわざ映画館でお金を払い大勢の中で緊張しながら鑑賞するものへと。

テレビ番組版と比べ当然のように敷居が高くなっている。
つまり我々は、ある程度展開が読めているもの(最終的に劇団ひとりがキスをする)に時間とお金をかけている。これは「映画を見に行く」という行為に対してマイナス要因であるはずだ。
でもゴッドタンファンである我々には結末ではなく過程が重要となる。


他にこれまでの映画作品と違う点は、「大笑いしてもいい」という感覚だ。
もちろんどの作品でも自分の好きなように鑑賞していい。
だが日本の場合は静かに鑑賞することを求められる。
「キス我慢選手権」という笑って見るものが前提とされた作品は、映画に足を運ぶ者の心理的圧迫を低減させているだろう。


つまり、この作品はテレビ視聴者と映画鑑賞者とをつなぐ新たな道筋だと言える。
正確な統計は調査できないが、この映画を見に行く人たちは普段映画館に足を運ばない人たちが多いであろうことは容易に想像できるはずだ。



■ 5人の神様の声


「キス我慢選手権」は控え室でAVを鑑賞させられ、スタジオに来ると鑑賞してたAV女優が出現し、「これから1時間キスを我慢してください」と矢作タンに告げられてからスタートする。
その後この状況を見ながらコメントするゴッドタンメンバー達の声を聞きつつ、キスを我慢する芸人を見守る。

『ゴッドタン キス我慢選手権 THE MOVIE』もしっかりそれが踏襲されている。
劇団ひとりはAV鑑賞をしなかったが、いきなりヒロインである葵つかさのお色気シーンから始まるのだ。

そして常にオーディオコメンタリーのように矢作タンや設楽タンの声が劇場に響く。
この声が解説として我々が笑うのを手助けする。

『ゴッドタン キス我慢選手権 THE MOVIE』という名の通り、ファンにとって馴染みのある光景が展開する。
しかも今までキス我慢選手権を見たことが無い人にとっても理解しやすい。
脚本を担当した第3のバナナマンと言われるオークラの仕事っぷりには舌を巻く。ここ数年のオークラの活躍は神がかっているだろう。なぜクイックジャパンは彼を取り上げないのか。
ももクロに出会った人は確変に入るのか。


また矢作タンや設楽タンの声はシリアスなシーンでも挿入され、劇団ひとりが名セリフ(名アドリブ?)を入れても笑いに変換されてしまう。
ストーリーだけ抜き出すと、この映画は悲しく残酷な物語なのだ。
そして神々の声は、劇団ひとりは何も知らないし、セリフも与えられていない、という前提を思い出すきっかけとして機能している。

この映画の成功要因は、この神々の声を消さなかった事だろう。


■ アドリブと「キスをしない」という柔らかい共理解


我々は劇団ひとりを信頼している。
それはこの映画を作った人たちも同じだ。
「キス我慢」というのが劇団ひとりの場合のみ特殊になる。
彼は「キスを我慢する」というルール以上に、「うまい事を言いたい」という人物であるからだ。
つまり序盤でキスをしない事がみんなに共有されている。

だから通常のキス我慢とは違う視点で楽しめる。
純粋に「劇団ひとりの対応」を楽しむことができるということだ。


また、ナビゲーター役を務めた岩井秀人にも賞賛を送りたい。
信太郎という相棒を演じた彼がいなければこの映画は成立していない。
彼がうまく劇団ひとりを誘導してくれたおかげでこの映画は傑作となった。


そして劇団ひとりのアドリブを支えたのはAV女優たちだ。
彼女たちはそもそもアドリブを求められる仕事をしている。
AVを撮影している際、ドラマパートは当然台本が存在するが、セックスシーンはセリフなど決められたものよりも、男優と女優の生のやりとりが重要視される。
途中監督の指示が入るだろうが、基本AV女優がどう対応していくかを重要視している。
それがこの映画とうまく合致しているのだ。


さらに今回はゲストが多数出演している。
特に渡辺いっけいはこの映画に欠かせない存在だ。

彼はこれまで数多くの作品に出演している。
そして常にセリフを与えられてきた存在の象徴である。
一方劇団ひとりが演じる「砂漠の死神」はセリフが無くアドリブのみを求められる存在だ。

渡辺いっけいが劇団ひとりに「アドリブでこの世界を変えてくれ!」と願い息を引き取る。
彼はこの物語に召喚されたせいで、我が娘がアンデッド化し、しかもその娘を拳銃で撃ち抜かなければならなかったのだ。
渡辺いっけいにはこの残酷な世界を変えることが許されない。
なぜなら何度も言うように彼はセリフを与えられた存在である。

その渡辺いっけいが劇団ひとりに「この世界を救うにはアドリブしかない」と託すのだ。
これは感動的なシーンである。

なぜなら「アドリブ」は我々ファンにも許されているからだ。

この世界はアドリブしか通用しない世界なのだ。
1分先に何が待ち構えているかわからず、その状況に応じてアドリブで対応していくしかない。


この映画がなぜすごいのか。
それはこの世界がどのようなものかを描いているからだ。
極めて寓意的な作品である。


『ゴッドタン キス我慢選手権 THE MOVIE』を体感し、この世界の残酷さと素晴らしさを噛み締めよ!


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テーマ: 映画感想 - ジャンル: 映画

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