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実存浮遊

映画やアイドルなどの文化評論。良い社会になるために必要な事を模索し書き続けます。

『玄冬』で語られた恋と愛の違い【利己的な利他性という逆説について】 

『玄冬』で披露された玉井詩織の『卒業』は彼女のいろいろなものが織り込まれ、尾崎豊が叫んだ歌詞と重なり合うことでシステムに翻弄されそこから抜け出したいという玉井詩織の意思を受け取ることができた。

[参照]玉井詩織はなぜ尾崎豊の『卒業』を歌ったのか 【玄冬LV観戦記】


思えばしおりんソロ曲の『涙目のアリス』は80年代ニューミュージックをモチーフにしているが、彼女の心性はニューミュージックにより際立つのかもしれない。
複雑なメロディではなくドライブで会話の邪魔にならないように聞き流せるメロディラインに複雑ではなく端的で直情的な単語を乗せることで、しおりんが内に秘める力強さが引き出されるような気がする。


しおりんといえばれにちゃんがメインでアルフィーのカバーをした時の高見沢パロディがおもしろかった。
自由にギターを弾きまくり舞台上を暴れる姿がかわいかった。
ただこれは「ロック」ではなく「ロックっぽさを演じている」ということで、あくまで彼女はシステム内部にとどまる。

高校を卒業することで我々の目に見える形でどのような変化を遂げてくれるのか大変楽しみです。



辛島美登里さんをお迎えし、自身がカバーしてる小田和正さんの『たしかなこと』をももクロと一緒に歌おう、という事になりました。
そこで辛島さんが「恋と愛の違いってなんだろう」とメンバーに問いかけました。

ここでのみんなの回答が秀逸でした。

杏果ちゃんが「愛は内発性である」ということを説いた。
自発性というのは自ら行動することなんだけど、それは目的があってのことです。
つまり自分の利益になる事がわかっていて行動する、というのが自発性なんですね。

内発性というのはいわば「気付くと行動していた」というものです。
自分の利益になるか不利益になるかわからないけど、自分の内側から湧き上がってくる衝動に従ったまま動いている、というのが内発性です。
杏果ちゃんは「愛は自然に起こること」と言っていたがまさに内発性について端的に言い表した言葉です。


れにちゃんは恋と愛の違いについて、「恋は自分優先になることがある。愛は自分を犠牲にする」と言ってた。
これはまさに利己性と利他性についてであり、『世界が感情を取り戻す』(絶賛発売中にして約40万字という文字だらけのももクロ評論のことだっ!)でAKBグループとももクロの対比として説いたことでもあります。
つまりこれはれにちゃんからの私信!
高城さーん!

利己的か利他的か、というのは行動で判断することはできません。
なぜなら自己犠牲という行動自体が利己的でありうるからです。
つまり自分が犠牲になることで大きな利益を得られるのならば、それは利己的行動と言えます。

AKBというのはセンターを決める総選挙と、それにつながる握手会というのが国民的に認知されているほどの大イベントとなっています。
そして、彼女たちがどんな利他的な振る舞いをしても、得票に結び付くというシステムが構築されており、彼女たちの本心に関係なく利己的行動だと見られてしまいます。


一方ももクロは興行に彼女たちの意思が反映される事が少なく(これは会場決めやCDリリースなどについてです。公演については彼女たちの意見も反映されている事がありますので)、よく言われるように大人たちに騙されてきた、という事を公言しています。

もちろん事務所としてももクロが売れるため、人気を得るため、という利己的なものが背景としてあるのは当然であり、彼女たちもその事に自覚的であり信頼を寄せているでしょう。
でも重要なのは、彼女たち自身が何をやっているのかわからないまま行動してきていた、という事実です。

川上マネージャーの趣味に付き合わされ、なんだかわからないし嫌な事も多かった(百田夏菜子が他のメンバーよりも目立ちたくないという話や、れにちゃんがジャビットのメイクをしたくなくて泣くほど嫌がったという話をご存知の方も多いでしょう)。
それでもファンが喜んでくれることを一番に考えて突き進んできました。

自分のためになるのかわからないけどファンが喜んでるならいい。
つまり愛です。

そして名曲『猛烈宇宙交響曲第七楽章「無限の愛」』ではすでに「愛」について説かれています。

「僕のこと嫌いですか 声は届きませんか でもこの愛を君に捧げよう」

自分のことを好きな人に好きという行為を返すのは誰でもできる。
でもこのキリスト教的な愛は頬をぶたれ石を投げられても愛するということです。
日常生活で考えると意味がわからない。
頬をぶたれたり石を投げられたら訴訟問題になるのが今の社会です。

そう、ももクロの魅力というのは理解できない部分にあるのです。
混沌であり非日常でありロック。



恋と愛の違いについて意見を交換し、『たしかなこと』の歌詞について深く考えて精一杯伝えようとしたれにちゃんの顔と歌声はいつまでも忘れられない。
あの時れにちゃんの瞳には何が見えていたのだろう。
あの会場を越えて、時間を越えて、この世界(コミュニケーション不可能なもの全体)の輝きに触れていたのではないだろうか。

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テーマ: ももいろクローバーZ - ジャンル: アイドル・芸能

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