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実存浮遊

映画やアイドルなどの文化評論。良い社会になるために必要な事を模索し書き続けます。

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つまらない言葉達は死ね 【2&ワンマン ○の理論を終えて】 

2&ワンマンライブ「○の理論」(まるのりろん)に行ってきました。

仙台から来た方(10月18日の「アイドル感染拡大トークイベント」にも来てくれる!でも2&目当てで執筆陣の話はどうでもいいようです笑)、今回初めて見る方2名。4連番で見ることにした。
チケットの整理番号なんて有って無いようなものなので遅く入場したのに前列の方に行けた。
入口が詰まってきたので前に行くか、みたいな感じで、大変ゆるい。


会場に入ると風船がいっぱい転がっててファンシーでした。
足の踏み場も無いほど。なんか楽しくなりそう。

ライブタイトルにもある「○の理論」をイメージして丸い物を配置したそうです。
入口でもらったCDに歌詞カードも付いてたので読んでみると、「尖ってる針もよく見れば円になってる、すべては○なんだ」というような、とても仏教的・哲学的な内容でした。

楳図かずおの名作『わたしは真悟』でも○になって最強になるシーンがあるが、おもしろい歌を歌うなぁ、って思った。
でもライブアイドルって歌詞が聞き取れないんですよね。ももクロも含めて。
70年代80年代の歌謡曲の歌手ってすごく歌詞が聞き取りやすいじゃないですか。
何が違うんだろ。


ライブですが、楽しかった!
やっぱ生バンドだと迫力が違いますね。
これを体感出来なかった人達はほんとかわいそうですね。ケケケ。

ここ最近で一番のぶち上がり曲参照動画:『リアル』2014.05.12@目黒鹿鳴館が最後に披露されたんだけど、これがほんとすごかった。
僕はもう高まり過ぎて頭を床に叩きつけんばかりに振りまくりました。

ステージから降りて歌ってるSakiちゃんに対し、まさに天を仰ぐかのようにケチャをするわたくし。


ファンが用意したサプライズもSakiちゃんが大層喜んだみたいですし。

お菓子が大好きなSakiちゃんのために、ステージにカゴを置いてそこにみんなでお菓子を大量に入れていく、という。
花をみんなで1本ずつ献花するよりも、みんなでお菓子をあげて大きな花束みたいになったら良いんじゃないか、という案です。

アンコールの最初にファンからSakiちゃんに向けて『未来を』参照動画:2014.06.08@盛岡CLUB CHANGE WAVEを歌いました。

この曲は2人の未来を想像する、という内容の曲なんですけど、Sakiちゃんとファンで「2&」となって1年経過し、お互いのことを想って「未来を」を贈るというのがとても良いなと思いました。



評論は無駄、って言う人がいます。
文章書くよりも実際に見た方が上だ、と。

そんなもん当たり前じゃないですか。

ももクロ論壇のマークは「ペンライト」と「筆」なんですけど、「ペンライトはペンより強し」という意味が込められてます。
100万字つづったところで自分の目で見てライブを体感してのどを潰して叫ぶことに勝るはずがありません。
なぜなら人は生きているからです。
生きていることの方が強いに決まってます。

評論が死んでいるということでもありません。でも「評論が死んでいる」というのはある意味風刺的です。
つまんない感想やつまんない評論はほんと価値が無いですからね。


僕があえて評論を書き続けるのは「表現面」と「表出面」のふたつの理由があります。

まず「表現面」ですが、評論でしか表せない部分というのが必ず存在するから、というのが理由です。
例えば宇宙の広さを書く場合、物理学で出た数字(1光年×10の何乗、みたいな)で表す場合があります。
それ以外にも、詩的表現を使ったり、アニメ表現(天元突破グレンラガン!)を使ったりもできます。

どの表現が一番正しいとかは無いです。
なぜならそもそも人間が宇宙の広さを把握することなんかできるわけがないからです。
今挙げた中ではおそらく物理学の表現が一番正しいこととされてるのでしょうけど、その数字を見て宇宙の広さがわかりますか?わかりません。
人は「東京ドーム10個分の広さなんです!」と言われた所で広さを正確に実感することなんかできないんです。

同じように「感動」を伝えるのも、どの表現が一番正しいとかは無い。
絵なのか、詩なのか、しゃべり方なのか、表情なのか、脳内物質の変化のグラフ化なのか、評論なのか。
何が正解か、とかはありません。

同じように、誰がどの表現を一番好むのか、一番しっくり来るのか、というのはわからないのです。
だからこそ僕は「評論」というやり方を捨てません。
これで伝わる人もいるでしょう。これに反発する人もいるでしょう。反発することでより自分の中で消化していく人もいるでしょう。
いろんな可能性を秘めていると思います。
だから評論をやめない。

これが「表現面」での理由。

「表出面」の理由はこうです。
(ちなみに、「表現」と「表出」の違いは、相手に伝わったことで成功か失敗かが決まる「表現」と、自分がすっきりできたかどうかで成功か失敗かが分かれる「表出」とで判別できます。また、この二つはどちらも成功することも、どちらも失敗することもありえます)

表出の理由は簡単。というか理由なんてありません。書きたいから書いてるんです。
ロックが思わず叫んでしまうように、画家が思わずキャンバスに絵の具を叩きつけるように、僕は何か見たら思わずキーボードを撃ちまくりたくなります。
だから腹が減ったら飯を食うように、水中から水面を突き破って酸素を欲するように、僕は文章を書き続けます。


評論が無駄?
だからどうした。
無駄だからってやらないのはロックじゃねぇ!
無駄でもやる!
無駄だからもっとやる!
「評論なんていらない」って言うような軽くてつまんねー言葉なんかに評論は止められっかよ!


こんな煮えたぎる想いにさせられた2&のワンマンだった!
2&が売れたら2&評論家になろう!
売れてくれ!Sakiちゃん!


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