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実存浮遊

映画やアイドルなどの文化評論。良い社会になるために必要な事を模索し書き続けます。

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映画『ベイマックス』を見て「自己責任論」を排した利他的行動を推奨する国を目指す 




映画『ベイマックス』を見てきました。
いろんな人がおもしろいって言ってて、日本版CMの印象とは違ってロボット格闘アニメだと聞いたので興味を掻き立てられたのです。

ネタバレを含む感想と、最近起こった人質事件の「自己責任論」を絡めた文章になります。了承の上お読みください。


結論から言うと大変おもしろかったです。
とてもわかりやすい流れで、登場人物に感情移入しやすくなっています。教訓も得られるし、始まるまでしゃべってた小さい子が本編中ずっと黙ってるぐらい引き込まれる映画でした。

物語もわかりやすい通過儀礼ものでした。
ある天才少年が兄と博士に影響を受け科学の名門大学入学を目指す。
博士から合格をもらうをも、大学でなぜか起きた火事により兄を失う。大学にも行かず無気力になった少年は、あるきっかけから火事が人為的なものであることを突き止める。
ベイマックスと共に問題を解決し少年は成長する。

細かい所まで行き届いていて、仲間も魅力的だし映像も迫力があり、街並みがリアルで違和感がありません。ギャグも笑えるのでベイマックスに愛着がわきます。

ですがこの作品がおもしろければおもしろいほど、人質事件に対する世間の反応の矛盾が頭をちらつくのでした。
果たして兄タダシの死を「自己責任」と切り捨てられるものなのでしょうか。


■ 「自己責任」だとしても理解不可能な行動をする者にこそ人は惹かれる


人質事件が報道されてからの世間の反応は、「危険な所に行ったのだから捕らえられても仕方がない。わざわざ助ける必要などない」というものでした。

では『ベイマックス』はどうでしょう。
生きる希望を持てなかった少年ヒロは、なぜ成長したのでしょうか。
それは兄タダシの死がきっかけです。

大学が燃え上がる中、博士を助ける為にタダシは業火の中に飛び込もうとします。弟のヒロは止めますがそれでもタダシはヒロの言うことを聞かず飛び込み、その後爆発に巻き込まれて死にます。
ヒロは自分が止められなかったことを後悔し、食事も摂らずに輝きを失ったのです。


紛れもなくタダシの死は自己責任でしょう。
死ぬのがわかっているのにも関わらず火の中に飛び込んだのですから死んだのは自業自得です。
別に悲しむ必要もないでしょう。
これが今の日本の反応です。

でも本当にそうでしょうか。
タダシの死は弟のヒロに受け継がれます。
それは博士の娘を助け出す時に表れました。
瞬間移動の実験の失敗により時空のかなたに消え去ったと思われた博士の娘は、実は時空をさまよいながら生きていることがわかります。
それを知ったヒロはベイマックスと共に時空に飛び込むのです。
帰って来れるかもわからない上に、会ったこともない人物の為に命を懸けたのです。

もしこれで帰ってこれなかったとしても自分で危険な地域に飛び込んだのだから死んでも自己責任だしわざわざ助ける必要もない。
これが今の日本の反応です。


確かに危険な地域に飛び込んで死んだら自己責任です。
ほかの人が押し込んだわけじゃありませんからね。
でも「自己責任」だから、と切り捨てることになんの意味もありません。

理解を超えた行動をする者こそが、誰かに行動をさせる。
ヒロがなぜ会ったことも無い女性のために命を駆けたのか。
それは兄の理解不能な行動を目の前で見たからです。
自分を信じ、大学に入学するための道を開いてくれた尊敬する兄が、なぜだか知らないけどただの大学の先生を助けるために命を懸けた。
ここに理由などありません。理解などの範疇には無い領域の出来事です。
きっとタダシは、助けなければならないと思ったから助けようとしたのです。

なぜヒロはタダシを必死で止めなかったのか。
止めなかったのではありません。
止まらないことが直感でわかったのです。

なぜヒロは時空の空間に飛び込んだのか。
まだ生きているということをベイマックスが教えてくれたからです。
ベイマックスはタダシがプログラムし、タダシが100回近く失敗し続けてようやく完成した記録が刻まれたロボットです。
タダシがしたようにヒロは当たり前のように時空に飛び込みます。


■ 意思を伝達し、行動を引き起こすものの重要性


「自己責任だから」と切り捨てる行動は不幸の連鎖を呼び込みます。
自分は何もせず、自分が理解できない行動をした者を避難し、切り捨て、馬鹿にする。
自分は利口だからそんなことはしない。だから死なない、と。

そういう浅ましい行動は浅ましい者たちを集めます。

逆に、理解不可能で自己犠牲をする利他的な行動は、新たな利他的な存在を生み出します。
つまりすごい人(タダシ)だからこそ世に飽きてた天才少年は惹かれ、この世につなぎとめられたのです。
そして自らもすごい行動をして人を救い出します。


まとめます。
理解不可能な行動を「自己責任」と避難するのはやめましょう。
理解できないけどもそれをせずにいられない人達がいて、しかもその人達に影響され「自分を犠牲にしてでも誰かのために行動してしまう人」が育っていきます。

『ベイマックス』は日本のような街が舞台です。
タダシやヒロがいる日本を誇りに、利他的な行動を推奨するような国になりましょう。


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この記事に対するコメント

自己責任論の批判が、自己都合の詭弁にならないように

さかもとさん、こんにちは。

ベイマックス、結構評判良いみたいですね。
興行成績も良いと聞きました。


最近、言葉がひとり歩きしていることが多いなと感じます。

例えば、「モラルハラスメント」。
自分の価値観の押し付けに対する批判の言葉のようですが、相互理解を拒否しているようにも取れます。

自分の都合の悪い価値観を受け容れない良い口実になる便利な言葉…そんな印象を受けました。

「モラル」という言葉への批判にならないように願いたいです。


今回の「自己責任」への批判も同じ臭いがしました。

これは、後藤さんのジャーナリストとしての活動の素晴らしさの裏返しーつまり、彼の「動機」に対する賛同が、自己責任で片付けるのはおかしいということなのだと思います。

この点は、僕も全く同意です。
後藤さんの活動は、紛争をなくし、平和を目指す素晴らしいものでしたから。

本来は、良き理解者になれた後藤さんになぜあのようなことをしてしまったのか…
それほどの怒りの源泉は、どこにあるのでしょうか。


しかし、一方で「自己責任」という言葉そのものへの批判には、疑問が残ります。

後藤さん自身が出発前の動画でのコメントで自己の責任を明確にしていました。
自己責任の下に、彼は自分の正義を貫いたのです。

それは、彼の覚悟の表れでもあります。責任と主体性のあることです。


僕は何を懸念しているかというと、先程挙げた「モラルハラスメント」のように言葉そのものへの批判となり、自分の都合の良い言葉として利用されないかということです。

「自己責任」は、主体性を示す言葉で、一人の大人として活動するためには必要なものです。

「モラル」と同じで、その言葉自体は悪くありません。


今回の自己責任論への批判の理由を曲解され、責任を回避する詭弁として利用されないことを願いたいです。

今回の事件を、政局的に利用する愚か者も出始めています。
後藤さんに対する最大の侮辱です。

URL | yoturn #-

2015/02/02 07:52 * 編集 *

yoturn さんへ

コメントありがとうございます!


> 最近、言葉がひとり歩きしていることが多いなと感じます。
>
> 例えば、「モラルハラスメント」。
> 自分の価値観の押し付けに対する批判の言葉のようですが、相互理解を拒否しているようにも取れます。
>
> 自分の都合の悪い価値観を受け容れない良い口実になる便利な言葉…そんな印象を受けました。
>
> 「モラル」という言葉への批判にならないように願いたいです。
>
>
> 今回の「自己責任」への批判も同じ臭いがしました。
>
> これは、後藤さんのジャーナリストとしての活動の素晴らしさの裏返しーつまり、彼の「動機」に対する賛同が、自己責任で片付けるのはおかしいということなのだと思います。
>
> この点は、僕も全く同意です。
> 後藤さんの活動は、紛争をなくし、平和を目指す素晴らしいものでしたから。
>
> 本来は、良き理解者になれた後藤さんになぜあのようなことをしてしまったのか…
> それほどの怒りの源泉は、どこにあるのでしょうか。
>
>
> しかし、一方で「自己責任」という言葉そのものへの批判には、疑問が残ります。
>
> 後藤さん自身が出発前の動画でのコメントで自己の責任を明確にしていました。
> 自己責任の下に、彼は自分の正義を貫いたのです。
>
> それは、彼の覚悟の表れでもあります。責任と主体性のあることです。
>
>
> 僕は何を懸念しているかというと、先程挙げた「モラルハラスメント」のように言葉そのものへの批判となり、自分の都合の良い言葉として利用されないかということです。
>
> 「自己責任」は、主体性を示す言葉で、一人の大人として活動するためには必要なものです。
>
> 「モラル」と同じで、その言葉自体は悪くありません。
>
>
> 今回の自己責任論への批判の理由を曲解され、責任を回避する詭弁として利用されないことを願いたいです。
>
> 今回の事件を、政局的に利用する愚か者も出始めています。
> 後藤さんに対する最大の侮辱です。


そうですね。
いろんな意見を読んでみると、もしかしたら総理は人質を利用したとしか思えないような気がしてきました。
二人共助かる目はあったのに、それよりもまず集団的自衛権の価値を高めようとしたのかなと。
国民への理解度を深めたというか。必要性を迫ったというか。
身代金を払うよりもより効果的なものを狙ったような気がしています。


それとは別に「自己責任」ですべて片付けてしまうことの怖さも感じます。
例えば、寝タバコで火事になったと。
もちろん自己責任ですが消火活動はしなければなりません。
そのために税金を払っています。
勝手に家事を起こしたんだから勝手に死ね、家も燃えたままでいい、とはなりません。

評論家の宇野常寛さんの意見ですが、ただ身代金を払うのではなく、例えば同額を軍事利用じゃないところに寄付をする、など交渉してみるのはどうか、とおっしゃっていました。

日本政府は明らかに交渉が下手です。
さらに今回は意図的に失敗したような気もしています。
そして後藤さんも自己責任で危険地域に赴きました。
でもそれを我々が切り捨てるべきではないし、政府がそれをやっちゃあいけないと思います。

『アイドル感染拡大』でも取り上げましたが、日本は異常なまでに「弱者は助けるな」という考えを持つ人が多い国です。
それが如実にあらわれた件だと思いました。

URL | さかもと #-

2015/02/05 05:52 * 編集 *

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