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実存浮遊

映画やアイドルなどの文化評論。良い社会になるために必要な事を模索し書き続けます。

『幕が上がる』の映画の良さと小説のすごさ 



映画『幕が上がる』を見ました。
今回は3つのパートに分けて感想を書きます。

・映画を見て
・映画を見た後に原作を読んで
・映画と原作を比べてみて

という感じです。

映画はもちろん原作にも触れますのでネタバレでも良いという方だけお進みください。
未見の方は、ぜひ映画や小説を見てからまたこちらのブログにお越し下さい。

ではまずはじめに、映画を見た感想からです。
キーワードは「スゴさは言葉にできない」です。



【感想 1 】 映画を見て

■ なぜ風が吹いているのか ■


この映画のストーリーは青春映画によくある単純なものだ。
敗北し、現役を退いた舞台女優に出会い、練習を重ね、過去を乗り越える。

ラスト、勝利を予感させるほどたくましく成長した部員が舞台に立ち、幕が上がり映画のタイトルが現れる。
その後の結末は描かれることなく映画は終了する。
これから先もずっと人生は続いていくからだろう。


映画を見終わり一抹の不安がよぎった。
ももクロファン以外の人に受け入れられるんだろうか、と。

もちろんアイドル評論家の中森明夫さんや伊集院光さんなど、これまでももクロについて語ってこなかった人達が賞賛しており、そこからの観客も見込めるでしょう。
そうなんだけど、『桐島、部活やめるってよ』の口コミによる大ヒットのようなものは見込めない気がする。

ももクロファンは絶対に満足する映画です。
れにちゃん推しとしては活躍する場面が少なすぎる気がするけど、それでも全体的にももクロの魅力が詰まってると思います。
れにちゃん推しとしては、吉岡先生のお別れの手紙を聴いてる時のれにちゃんの美しさが良かったです。
それにみんなの演技も演技と感じさせないほどで素晴らしかったです。

できるだけ多くの人に見て欲しい。
ももクロファンはここで感想を書くまでもなく見に行くでしょうから、見るつもりも無い人のためにこの記事を書くことにします。
メンバーカラーを使ったやりとりとか、先生が突然退職するんだけど、その時の話を聞いている構図があかりん脱退の時の配置と同じとか、ももクロのタオルやTシャツが出てくるとか、ゲスト俳優がこれまで共演してきた人ばかりだとか、たこ虹ちゃんいたねとか、そういう小ネタを気にすると物語を楽しめません。
というか小ネタはクドカンのドラマのように暑苦しいけどうざったくない、というのが良いんじゃないかなと思います。
この映画ではさらりとしてて、ももクロファンにしか気づけないようになっています。

しおりんが緑のペンキ塗って、杏果ちゃんが黄色のペンキ塗って、というシーンなんて最たるものです。
そこに気づいて感動できるももクロファンは今いるんでしょうか。
小ネタだな、という程度にしか感じられません。
そしてメンバーカラーについて知らない人にとっては意味が通じない。
高橋さおり(百田夏菜子)が中西さん(有安杏果)に入部をお願いするシーンも、中西さんは高橋さおりの目の前にあるメロンジュースをわざわざ取っています。緑だからでしょう。注文したのと逆なんだとしたら高橋さおりが渡すべきとも思うんですが、まぁこういう細かいところはいいでしょう。


ももクロファンに寄り過ぎてる感じがして、映画女優の5人を見に来た僕としては不満が残るものとなりました。
ももクロの映画を見に来たのではなく、百田夏菜子が、玉井詩織が、佐々木彩夏が、有安杏果が、高城れにが、それぞれ演じて、作品を作り上げたという映画を見たかったのです。

映画として不満が残りましたが、本広監督の撮影方法は賞賛します。
この映画はほぼ順番通りに撮影したそうです。
最初は揃わなかった演劇部の掛け声が、成長とともに揃いだし、ラストは綺麗に揃う。
それは撮影を重ねるごとにももクロの5人が成長していく姿ともつながっている。

そう、この映画はとてもわかりやすい。
構成も比喩も。
だがそれゆえに疑問が曖昧なまま取り残されていく。

七人の肖像画という短い劇(エチュード?)がとても素晴らしいと思ったが、大会の演目は人真似じゃなくオリジナルで行こうと言われていた。
それなのに『銀河鉄道の夜』を演じたのはなぜなんだろう。
(これはおそらく原作に書かれています。『銀河鉄道の夜』に部員のエピソードを入れたアレンジをする、ということみたい)

「行こうよ、全国」とあるが、この物語は全国大会出場を決めた3年生がその全国大会には出られない、というのが大きなポイントになっている気がするが、映画ではそこが意図的に外されていた。
(説明はあるものの大きく取り上げられなかった)
「行こうよ、全国」と言って、3年生の4人はいくら勝ち上がっても全国大会そのものに出場できず、後輩に託すしかないのに、そのような描写もありません。

杏果ちゃん演じる中西さんを部員に引き込んだけど、彼女の果たした成果って一体なんだったんだろうか。
映画では中西さんのおかげで『銀河鉄道の夜』上演をひらめいたようです。
でもほかに何かあったかな。
他の部員誰もが認める女優として中西さんは存在できたのかな。
そこが少し残念です。


ではこの映画は一体なんなのか。
これは黒木華の映画です。
断言します。
これは見る人が高橋さおり(主人公)となって黒木華に心酔する映画なのです。


黒木華演じる吉岡先生との出会い。
『ロミオとジュリエット』を「ロミジュリ」と略して話されたりして先生の言葉が最初は通じません。
そしてエチュードをやってみればいいと言うアドバイスに対し、そんなに簡単だって言うなら今やってみせてください、と食って掛かる百田夏菜子演じる高橋さおり。
そうして目の前で演じられたエチュードのスゴさにやられる高橋さおり。
言葉ではなく吉岡先生自身のスゴさに撃ち抜かれるのです。

映画の中では吉岡先生が開いた窓が重要なポイントとなっています。
スイッチを入れ替えたというのもあると思いますが、それ以上に「風」がポイントです。
「風」というのはなぜだかわからないけどスゴいものです。
科学的には発生する条件などを説明できます。ですがどんなものか、なんで存在するのかは説明し切れません。
そしてエチュードを演じる上でその物語に必要なわけでもないのです。

吉岡先生の演技に必要なアイテムではない「風」。
なぜかその時に吹き込んできた、人が操縦できない存在である「風」。
この場面では「風」が、説明できないけどなんだかスゴいもの、として使われています。
高橋さおりは吉岡先生の演技力にだけ惹かれたのではなく、この時の「説明できないけどなんだかスゴい体験」を経たので吉岡先生に惹かれたのです。
言い換えるなら「この時にしか見られない一回性の奇跡体験」を経て「変性意識状態」に陥った、と言えるでしょう。

人はスゴい人、スゴい体験に惹かれます。
だからこそ真似したくなるのです。
顧問の先生には何も得るものがなく、吉岡先生からだけ多くを学び取る。
顧問の先生は日常の住人であり、吉岡先生は非日常の住人だからです。
だからこそ吉岡先生は先生をやめて非日常の世界に没入してしまうのです。

スゴい体験をし、スゴい人の真似をすることで世界の豊潤さに触れた高橋さおりは同じ方法で中西さんを演劇部に引き込みます。
その方法とは「風」ではなく「振り乱した髪」です。
中西さんを勧誘する前に、なぜか高橋さおりは落し物を渡そうとする男(中西さんのお父さんとのちに判明)から逃げようとします。
だからこそ髪型が乱れているのですが、この行動は意味不明ですね。落し物を拾ってくれたのに。
その乱れた髪型のまま中西さんの手を突然つかみ入部をお願いするのです。

吉岡先生の風に吹かれながらのエチュードを体験した高橋さおりは、同じように乱れた髪型の状態で中西さんを非日常の世界に舞い戻らせます。
ここで高橋さおりの中に吉岡先生が憑依していることがわかります。
ももクロのライブを見たことがある人には、髪を振り乱して踊る5人になぜか心が惹かれてしまった経験がおありでしょう。


映画では吉岡先生が学校を辞めたあとの姿が回想されます。
これは誰の目線でもありません。
このシーンはいらなかったと思うんですよね。
完全に物語から消え去り、代わりに高橋さおりに吉岡先生が乗り移ったことを描写しておく方が良かったかと思います。
例えば、ラストは風が吹いて終わる、などです。
始め、風に吹かれながら演じられたエチュードにより吉岡先生が乗り移った高橋さおりに、ラスト、どこからともなく風が吹き髪を乱す。
演出家として目覚めさせてくれた吉岡先生への感謝とともに舞台の幕が上がる。
このような終わり方はいかがでしょうか。


劇中劇と稽古風景の映像を事前に見る事ができますが、むしろこれを見ていないと映画をより楽しむことはできないでしょう。
もちろんこの映像は泣く泣くカットしたということなのでしょうし、幕が上がって終わるというエンディングのためにもカットしたのでしょう。
でも演出家として目覚めた高橋さおりのすごさを観客に知ってもらうにはこの映像しか無いと思います。


映画感想をまとめます。
ももクロファンに擦り寄り過ぎててファンは楽しめると思うけど映画作品として楽しむには物足りない。
それよりも黒木華演じる吉岡先生のスゴさに撃ち抜かれよ。


では続いて原作の小説を読んだ感想です。



【感想 2 】 原作小説を読んで

■ 高橋さおりは主人公なのか ■


素晴らしい小説でした。
高橋さおりという頭が良いけどそれゆえにいろんなことに悩む女の子が、様々な人と出会うことで成長していく物語です。
全編高橋さおり視点で、我々読者は彼女と一緒の気持ちになって悩んだり驚いたりすることができる。
「がるる」「わび助」「ゆっこ」「中西さん」という呼び名がある中で、なぜ彼女だけが「高橋さおり」というありきたりな名前なのかというと、読み手の誰にでも成り代われるからだろう。
これが「護国寺エリザベス」という名前だったとしたら、名前が気になって読み手との隔絶が生まれる。

小説を読むと、映画化はももクロ用にいろんな箇所が改変されているのがわかる。
もちろん全国ロードショーのために2時間という制約があるのだろうし、ももクロを登場させるということで5人をピックアップするために強引に役を当てはめたという部分もあるだろう。
でもももクロのことが大好きな監督が撮ったがゆえに原作の良さを大きく損なった部分も出てきてしまったと思う。
あくまでももクロファンのための、ももクロを知っている人のための映画化であり、原作ファンのための映画化ではないということだ。
それぞれの役柄は原作に寄るのではなくあくまでももクロのメンバーのキャラクターに寄っている。

完全にれにちゃん推し補正だけど、高橋さおりはれにちゃんが演じるべきではないかと思っています。
裏方でみんなを活かしいろんな人に好かれ他者に敏感である。
最初は部員に演技指導できないんだけど、作品のためみんなのためにと演技指導できるようになっていく。

夏菜子ちゃんは裏方の人間ではないでしょう。これは多くの夏菜子ちゃん推しが認めることなんじゃないでしょうか。
引っ込み思案で目立ちたくない彼女がリーダーでセンターに選ばれて前面に立ってがんばって突き進んでいくのが百田夏菜子なんじゃないでしょうか。

主人公の高橋さおりは演出家の方に周り、役者を引き立てることに快感を覚えます。
それは吉岡先生という元舞台女優の指導により開眼しました。
みんなで作り上げてみんなの良さを引き出して良い作品にしていく。
まさしくれにちゃんではありませんか!
自分のことは二の次でみんなの良さを引き出す。
夏菜子ちゃんはみんなの良さを知ってもらうために自分がまず前面に立つ覚悟を持ったのです。
高橋さおりとは違いますよね。
まぁ完全に推し補正ですが。


小説は高橋さおりの目線で語られていて、それが徹底しています。
だから吉岡先生がやめるのも高橋さおりを好いてくれる男子についても脚本演出に没頭しているあまり気づけない。読者も高橋さおりと同じタイミングですべての物事を知るのです。

原作ではなぜ『銀河鉄道の夜』でなければならないのかが語られます。
映画では大きく削除されていましたが、原作で描かれているこの理由はとてもきれいです。

何者でもない高校生演劇部員たち。
それは、物凄く遠くから見れば(星から地球を見れば)ひとつの塊にしか見えない。
でも近づいてみるととてつもなく遠くにいる。
まるで、地球からは川に見えるが、実際は何億光年も離れた星々でしかない、という天の川のように。
部員として一緒にいるけど、実は部員たちのことを何も知らない。
信頼しているゆっこの苦悩すら気づけない。近いのか離れ離れなのかわからず、そのことにすら気づけていません。

ジョバンニとカンパネルラは夢の中で銀河鉄道を旅します。
遠くから見たら一つの塊でしかない銀河を旅し、実際にはすべてが離れ離れで個性的であることを知ります。
『幕が上がる』ではそれぞれの銀河駅を、部員それぞれのエピソードを交えた脚本にしているとあります。
つまり、部員たちの心を知る旅に出たのです。

すべての旅が終わるとそれが夢であることに気づきます。
そして一緒に旅していたはずのカンパネルラが実は川で溺れていまだに行方知れずであることを告げられるのです。
銀河鉄道の旅に出る前に一緒になったカンパネルラが髪を濡らしていたのは、実はすでに溺れていたことを暗示させていたのでした。

肉体的にも精神的にも離れ離れになってしまったジョバンニとカンパネルラが一緒になって銀河鉄道を旅し、そして戻ってくる。
旅の中で拾ったくるみをカチカチと鳴らすことで、永遠に離れ離れであるにも関わらず、永遠に一緒でいることを示しています。

つまり、生と死とは、10代の若者たちとは、国と国とは、地球と天の川とは、すべてが一生交わることがなく、だからこそすべてで一つであるのです。

高橋さおりが、なぜ高校生としてのモヤモヤを『銀河鉄道の夜』にぶつけたのか。
なぜいじめ問題とか大学受験などのいわゆる10代の悩みを演劇にしなかったのか。
なぜ『銀河鉄道の夜』でなければならないのか。
それが原作には描かれています。


そして原作では3年生が演劇部を引退し、2年生に『銀河鉄道の夜』が引き継がれます。
なぜ高橋さおり演出でもないし、ゆっこも中西さんもがるるもいないのにこの作品が引き継がれるのか。
それはこれこそが10代の、そしてこの世界の心情を描いているからです。

なんで同じ10代なのに嫌い合ったりするの?
なんで同じアジア人なのに嫌い合ったりするの?
なんで同じ地球に住む人達なのに戦争するの?
なんで同じ高校生なのに物凄く好きな人とそうでない人がいるの?
なんでどこにもいけないの?

そう『銀河鉄道の夜』は何処へでも行ける切符(演劇)を手にした何者でもない若者たちの作品なのです。
星々を旅し、死者と語らう。
すべて別々でバラバラなんだけど、すべてがひとつである。


作者の平田オリザさんの繊細さと、『銀河鉄道の夜』の解釈に脱帽します。
宇宙が膨張し続け、永久に真理に到達できない僕たち。
それでも「何処へでも行ける切符」をみんな持っている。
真理には永久に到達できない。でも真理追究への旅には出ることができる。
それぞれの駅でいろんな経験をできる。
そして現実に帰った時に、旅に出る前とは違った物の見え方ができる。


「中学、高校生に読ませたい小説No.1」とあるがとんでもない。
これはすべての人が読むべき小説だ。
「かつて高校生だったあなたに」などという生ぬるいレベルではなく、生きているならば、悩みを持っているならば、悩みすらないと言ってしまえるほどの薄っぺらい人間であるならば、絶対に読まなければならない小説だ。
そうすることですべてが開演するだろう。



【感想 3 】 映画と原作を比べて

■ 映画表現とは何か ■


まず原作の小説が傑作であり、映画は凡作である。
ただ映画でしかできない表現があり、さらに黒木華という物凄い女優が組み合わさってアイドル映画以上の作品となっている。

映画感想と原作感想をまとめるとこの二つの文章になる。

このパートではもう少し細かく原作と映画の違いについて考えてみたいと思います。


● なんで踊ったのか

まず気になったというか醒めてしまったのが、『Chai Maxx ZERO』が流れる夢のシーンと、『走れ!』を5人で踊るシーンです。
もちろん原作には無いシーンであり、ももクロファン向けでしかないシーンなんですけど、そこで完全に役柄とももクロとが切り離されてしまった感じでした。
せっかく演出や演技なので高橋さおりたちの演劇部の物語を見てたのに「なんだももクロだったのか」と夢から醒めてしまった感じです。
歌とダンスという何処へでも行ける切符を持ってるんだったら演劇じゃなくてもいいじゃん。
そしてももクロは我々を何処へでも連れてってくれる存在なんだな、と改めて思いました。けど映画としてはいらない表現ですよね。
ももクロがすごいことは誰でも知ってるんだし、高橋さおりのすごさは小説を読めば誰もがわかります。


● 全国に行けないのになんでがんばるのか

原作ではいくら3年生がすごくて全国大会へと進んでも、実際に全国大会に出られるのは2年生以下であることが丁寧に描かれます。
つまり高橋さおりもゆっこもがるるも中西さんも全国大会には出られないのです。
それなのに「行こうよ全国!」って言うのが納得できません。

原作ではとにかく目の前の上演をがんばる、という感じです。
とにかく今やりたいことをするしかない、と。
全国大会よりももっと先に行くため、人間的に成長するために何処へでも行ける切符を手にしたと思うのですが。


● 演出家高橋さおりのすごさはどこに行ったのか

ももクロのライブ前などで『銀河鉄道の夜』を演じた舞台や練習風景を事前に披露していました。
僕はあまり映画の情報を入れないで作品を見ようと思っていたので、この映像は少ししか見なかったのですが、映画と小説を見て「この映像を見ないとダメだったんじゃないか!」と思いました。

吉岡先生が憑依して演出家として開眼していく様は映画本編には無いし、『銀河鉄道の夜』が原作とどのように違うのかも映画本編には描かれていません。
だから原作であれほど丁寧に大事に描かれていた「銀河鉄道の夜じゃなきゃダメな理由」が一切描かれていない。

中西さんと高橋さおりが二人きりでホームにやってくる電車を見たからという理由です。
中西さんはカンパネルラを演じます。ジョバンニ(ゆっこ。玉井詩織)を銀河鉄道の旅に連れてってくれる役です。
もしこれが、映画内で中西さんから演劇という「何処へでも行ける切符」を高橋さおりに渡してくれるなら理解しやすいでしょう。

例えば、何処へでも行ける切符を渡してくれた吉岡先生がカンパネルラで、目の前から尊敬する先生がいなくなってしまった高橋さおりがジョバンニだとしましょう。
もしそうであるならば、吉岡先生が学校を辞めたことを契機に爆発的に『銀河鉄道の夜』の演出と演技が良くなるべきです。
そのようなポイントが映画にあることで、この劇でなければならない理由が描かれてると言えるでしょう。


● 吉岡先生とは桐島なのか

映画『桐島、部活やめるってよ』の脚本家喜安浩平氏が『幕が上がる』の脚本をしたそうですが、だとしたらあざといようですが吉岡先生を桐島的に描いて欲しかったです。

吉岡先生のすごさに影響され、翻弄される部員たち。
特に影響を受けていた高橋さおりは、吉岡先生が突然いなくなることで演出家として成長します。
その後吉岡先生が舞台の世界に戻ったことが映像でわかるのですが、これはいらなかったんじゃないでしょうか。
原作は常に高橋さおり目線で物語が進むので、彼女が見ていないものは作品には描かれていません。

映画の方は、吉岡先生もがんばってるから演劇部員もがんばろう、というような描かれ方をしています。
吉岡先生の緊張感と、演劇部員の緊張感がシンクロするわけです。
でも吉岡先生がそんな人間的に描かれていてはいけないと思います。
演劇部員と同じレベルならそもそも惹かれるはずがありません。
ここはやはり「桐島」のように物語から退出することで残っている登場人物たちが輝く、という描き方にするべきです。


原作も映画版も、演劇部員たちの熱により先生を辞めることにして演劇の世界に没入することにした、と説明されます。
小説は納得できます。でも映画の方は納得できません。なぜか。

原作では映画の比じゃないほど必死に苦しんで作品を良くしようとする高橋さおりが描かれます。それゆえ吉岡先生にも依存的になっていきます。
一方映画では、まず黒木華のすごさがあり、劇中劇の映像がごっそり排除されていることにより高橋さおりのすごさが伝わらなくなってしまっています。
つまり吉岡先生が高橋さおりの影響を受けるとは思えないのです。
それよりも単純に吉岡先生はまだ舞台に未練があったので戻りました、という風に見えてしまいます。
それだと演劇に人生を狂わされた(つまり高橋さおりが吉岡先生の人生を狂わせた)感じが出ないのです。

なので映画では「高橋さんの演出する舞台に出てみたい」と吉岡先生が言ってもお世辞にしか思えないのに対し、原作では吉岡先生が本気で手紙を書いていることが伝わります。
原作の吉岡先生は、だからこそ慕われ、だからこそ高橋さおりに一生恨まれます。突然部員たちを置き去りにして辞めてしまったことを絶対に許しはしないけど、恩師として尊敬し認めている、というもどかしいような、言い表せないような感情を抱かせます。言い表せませんがそれがしっかり読み手に理解させているのです。


● 好きなシーン

原作を大きく削ったのは残念ですが、もちろん商業的に2時間でおさめなければならないとか、本番は5月の舞台であり映画本編は長いCMなのだ、というのも納得できます。
原作にはなく映画のみにある表現で好きなのは、家族などに見せるエチュードです。
「7人の肖像画」というようなタイトルだったと思います。

これはとてもおもしろかったです。全部見たかったぐらい。
照明や音響に回ってる部員がそこからセリフを言うのです。
あの教室でなければできない舞台だと思うし、人数が少ないことが良い方向に演出されている素晴らしいものでした。
むしろこれを一番最後のシーンに持ってきた方が良かったんじゃないでしょうか。
演出家高橋さおりの手腕がいかんなく発揮されたと映画を見てる人は感じるでしょう。
『銀河鉄道の夜』の方は事前の劇中劇映像をごっそり削ってるので伝わらなくなってるのは前述の通りです。

他にも映画の感想パートで書きましたが、吉岡先生が風に吹かれながらエチュードを演じるシーンは物凄いです。
これを見るためだけでも十分価値があります。
そして高橋さおりがこの時「簡単だって言うならやってみせろ」と食ってかかるんですが、この時に内面の声がナレーションで入るんですが、ここもおもしろいシーンです。
実際には内面で冷静になってて言動が怒ってるなんてありえないんですけどね。
もしこの才能が演出家足るゆえんなのだとするならば、もっとわかりやすく描くべきかなと思いました。
つまり演じる自分と、それに演出をする自分が別にいる、というのをこのシーン以外でもフックを作っておくべきだと思います。


● 映画化不可能に挑戦する


原作を読めばわかりますが、これは映画化不可能です。
5時間ぐらい使えば原作の良さを活かして忠実に再現できそうですが。
映画版は舞台に向けての成長のためでもあり、長いCMなのだと感じました。
だからこそ本広監督なのです。
『踊る大捜査線』という超大ヒット作品を作った監督にお願いするのは商業的には当たり前のことでしょうし、賞賛されているように及第点の作品でした。

ですが、映画感想ブログを何本も書いている僕としては、映画として残念な気持ちなのです。
素晴らしい映画に5人が出て欲しい。
黒木華さんの凄さが突出してしまった映画ですが、それこそ人生が狂わされるような映画に出て欲しいのです。
ももクロに人生を変えられた人はすでにももクロに人生を変えられています。

僕は以前から女優高城れにの可能性に期待しています。
物凄い女優になるのではないかと思っています。
ももクロのれにちゃんではなく、映画女優の高城れにに心酔する映画ファンが大勢現れて欲しいのです。


最後に。
これは本広監督批判でもなんでもありません。
むしろ本広監督を見くびっていました。こんな良い映画を撮れるのか、と。
でもそれ以上に原作が素晴らしく、大人の世界のしがらみがなく、好きなように撮影できたらなぁ、と同じももクロファンとして監督の無念さが手に取るように伝わってきます。
『幕が上がる』という作品に触れる機会を作ってくださったことに大変感謝しています。


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この記事に対するコメント

大変興味深く読ませていただきました。
また、私が映画を観たあとにもやもやと感じていたことに近かったので、びっくりしました。
もちろん私にはこんなに理路整然と言語化できる才能はないですが(笑)

劇中劇の「銀河鉄道の夜」にオリジナリティを加えた部分こそが、原作のもっとも幹となる部分ですので、その部分はなんとか映画に入れてほしかったですが、おっしゃるとおり時間的な制約と、あのエンディングを決めた時点で、劇中劇をフルに映像として別に残しておくことでよしとしたのでしょうね。
本来は、この2つはセットで観なければ完成しないものだと思います。
そして、それを本広監督も自覚してるような気がします。

欲を言えば、オリザさんの脚本で映画も観てみたかったような気もしますが、映画、劇中劇、舞台とすべて含めて「幕が上がる」だと考えて、すべてを楽しんでいきたいと私は思っています。

PS:
吉岡先生のエチュードでの風の解釈、なるほどと思いました。
さおりに風が吹くエンディングも、想像するとすごく素敵です。

URL | のえる@感染拡大読者 #-

2015/02/21 15:57 * 編集 *

のえる@感染拡大読者さんへ

コメントありがとうございます!
アイドル感染拡大もお読みいただき大変恐縮です!


> また、私が映画を観たあとにもやもやと感じていたことに近かったので、びっくりしました。

ツイートを拝見しましたがほんとおっしゃる通りですよね。
ももクロネタを入れないで5人の魅力で勝負させて欲しかったと思います。


> 劇中劇の「銀河鉄道の夜」にオリジナリティを加えた部分こそが、原作のもっとも幹となる部分ですので、その部分はなんとか映画に入れてほしかったですが、おっしゃるとおり時間的な制約と、あのエンディングを決めた時点で、劇中劇をフルに映像として別に残しておくことでよしとしたのでしょうね。


映画を最初に見て、「肖像画みたいな人真似じゃなくオリジナルで勝負しなきゃダメ」と言ってたのになんで銀河鉄道の夜なんだろ、と疑問だったのですが、原作を読んで氷解しました。
なぜ銀河鉄道の夜でなければならないのか。
とても大事な部分なのに映画では語られず、とても残念です。

劇中劇の映像と、舞台によってすべてが完成するんじゃないかな、と今から楽しみです。
LVでいいからやって欲しい!


> PS:
> 吉岡先生のエチュードでの風の解釈、なるほどと思いました。
> さおりに風が吹くエンディングも、想像するとすごく素敵です。


ありがとうございます。
最後に風が吹いたらとても映画的で素晴らしい作品になったと思います。
黒木華さんのあのシーンは凄すぎるので、そこを活かしたラストにすればいいのにな、と思いました。

URL | さかもと #-

2015/02/22 04:02 * 編集 *

さかもとさん、こんばんは。

僕は、原作ものの映画は基本的に原作を読まない、ないしは原作をすでに読んだ(知っている)場合は、原作を忘れるようにしています。

原作に縛られないためです。

さかもとさんの感想を読んで、今回も原作を読まなくて良かったと思いました。

純粋に作品として楽しみ、その後に原作を読もうと思います。

モノノフ向けの小ネタも、本広作品の小ネタも、初見は無視しようと思います。

多分、DVD化するはずなので、仕掛けはDVDでチェックします。

映画を観る前に、さかもとさんの感想を読んでおいて良かったです。
モノノフ縛りが外せました。

観たら、感想コメントを書かせてください。

…というか、観る前にコメントしてごめんなさい。

URL | yoturn #-

2015/02/22 22:14 * 編集 *

yoturn さんへ

コメントありがとうございます!


> 僕は、原作ものの映画は基本的に原作を読まない、ないしは原作をすでに読んだ(知っている)場合は、原作を忘れるようにしています。
>
> 原作に縛られないためです。
>
> さかもとさんの感想を読んで、今回も原作を読まなくて良かったと思いました。


感想読んじゃったんですか?
僕は何も情報入れずに見るのが好きなので極力避けてきました。
原作見てから映画見てたら残念度合いが半端なかったと思います(笑)。


> 観たら、感想コメントを書かせてください。


ぜひ映画のご意見聞いてみたいです!
少なくともあれが最高傑作なんかではなくもっともっと良くなる可能性を秘めていると思ってますので、今後のためにもいろんなご意見を交わせたらなとおもっています。

URL | さかもと #-

2015/02/22 23:13 * 編集 *

確かに、本広監督批判ではないですね。

なぜなら、脚本を書いたのは、奇しくも比較対象として出した映画『桐島、部活やめるってよ』の脚本を書かれた喜安浩平さんですから。
これは、喜安さん批判です。「おまえが脚本書くなんて100年早いわ。」って言いたいわけですね。

URL | Orikun #SspivcfA

2015/02/25 00:23 * 編集 *

Orikun さんへ

コメントありがとうござます!


> なぜなら、脚本を書いたのは、奇しくも比較対象として出した映画『桐島、部活やめるってよ』の脚本を書かれた喜安浩平さんですから。
> これは、喜安さん批判です。「おまえが脚本書くなんて100年早いわ。」って言いたいわけですね。


奇しくもというか知ってて例に出しました。
宣伝でも大々的に桐島の脚本家だと謳われてますし。

本広監督批判でもないし、脚本家の喜安さん批判でもないです。

URL | さかもと #-

2015/02/25 01:26 * 編集 *

私は逆にももクロが好きだからこそ映画が楽しめませんでした。
ももクロ関連の小ネタがしつこく感じたせいでどうしてもももクロのメンバーと登場人物を比較してしまい、ももクロと映画を切り離して考える事が出来ず映画の世界観に入り込めなかったせいだと思います。
あらかじめそうなりそうな予感はあったけど、それでも自分の予想を超える作品を期待していたのですが…。

あとは映画のCM中でも使われている、夢の中の描写からプールに飛び込む演出がダサいし、必然性も感じなかったですね。
原作の良さを全て映画の中に詰め込むのは尺の問題もあるし不可能だとは思いますが、あの場面に時間を割くならもう少し登場人物、もしくは登場人物同士の関係性を掘り下げるエピソードを入れた方が深みを持たせられたんじゃないのかなと思いました。

最後に吉岡先生が演劇部とは異なる舞台で頑張る描写を入れたのは、吉岡先生をももクロにとっての早見あかりのメタファーとして使いたかったからで、別々の道で頑張っている事を強調する意味で必然性は感じました。
同様の理由でさかもとさんの提案するさおりに吉岡先生が乗り移るみたいな演出が難しかったのかもしれませんね。
最後に風を使う演出はベタに洒落てるとは思いますが、舞台に向かう姿で終わる本作にはそぐわないと思いました。
その他は概ねさかもとさんの意見に近いですね。

ダラダラとコメントしてしまいましたが、今後の女優としてのももクロの魅力を引き出すきっかけとなる作品である事は間違いないでしょうし、現時点でのももクロの魅力が詰まった本作を観ることが出来て良かったと思います。


URL | たかた #QjSZ2aSY

2015/02/25 07:37 * 編集 *

評論家ゴッコをしといて、監督も脚本も批判してないなんて逃げないでください(笑)

 私が「奇しくも」と書いたのは、脚本を書いたのは喜安さんだとご存知のうえで脚本をめちゃくちゃ批判して、俺ならもっと上手い脚本が書けるぞと主張しているのが面白かったからです。おお、日本アカデミー賞脚本家に喧嘩を売ったかと(笑)
 「これは黒木華の映画です。断言します。これは見る人が高橋さおり(主人公)となって黒木華に心酔する映画なのです。」なんて、めちゃくちゃ脚本をバカにした書きようですからね。もっとも、評論家ゴッコなんてのは、そういうものです。運動神経ゼロの奴が日本代表の試合を観てボロクソに貶しまくるのが評論家ゴッコの醍醐味ですから。

 喜安さんは、なぜ演劇をやっているのか、なぜ演劇を続けているのか、迷い続けている自分自身の経験を高橋さおりに投影して、自分なりの「幕が上がる」を書きたかったと話しています(PICT-UP参照)。ところが、原作のさおりは、台本作りに迷うことはあっても演劇をやっていることに対しての迷いはありません。喜安さんには、最初から、原作を忠実に「再現」しようなんて気はなかったんですね。おそらく、演劇を題材にした脚本を書くにあたって、嘘っぽくなるのが嫌だったのではないでしょうか。
 さかもとさんも、れにちゃん推しなら解るでしょう。れにちゃんだって、同じように、ももクロをやっていること、ももクロを続けることに対して迷い、一時は辞めようかと思いながらも、ももクロを続けることへの意味を見つけて、「一生ももクロ」宣言をしました。その高城れに物語は、余計なものを削ぎとって、彼女の心の動きに焦点を絞って描くだけの価値があるんです。ももクロが演劇に、高城れにが高橋さおりになったのがこの映画です。

 最後に。
 私に言わせれば、さおりが心酔したのは演劇であって、黒木華演じる吉岡先生は優秀な媒介者に過ぎません。だから、さおりは演劇を続ける決意をしたんです。
 吉岡先生の振る舞いを真似てしまうくらいならともかく、さおりに吉岡先生が憑依だなんて、とんでもない。安っぽいマンガになっちゃいます。吉岡先生は、なぜ、さおりの脚本で演じてみたいと言ったのでしょう。それは、さおりには自分とは違う魅力があると思ったからです。さおりが自分のコピーだったら、いっしょにやりたいだなんて思いませんよ。

URL | Orikun #SspivcfA

2015/02/25 19:37 * 編集 *

たかたさんへ

コメントありがとうございます!


> 私は逆にももクロが好きだからこそ映画が楽しめませんでした。
> ももクロ関連の小ネタがしつこく感じたせいでどうしてもももクロのメンバーと登場人物を比較してしまい、ももクロと映画を切り離して考える事が出来ず映画の世界観に入り込めなかったせいだと思います。


僕も同じで、ももクロファンとしてはもちろん嬉しいんですが、映画作品として見ようとするとももクロネタが煩わしく感じられますね。
高橋さおりやがるるを見てると思ったら、あれももクロだったんじゃん、みたいな感じです。


> あとは映画のCM中でも使われている、夢の中の描写からプールに飛び込む演出がダサいし、必然性も感じなかったですね。


監督的にはああいうシーンはCMに使いやすいんだよね、ということを言ってたみたいです。
僕もあそこも醒めるきっかけになりました。
あんな夢見なくても追い詰められてるのがわかる演出はいくらでもあったと思います。


> 最後に吉岡先生が演劇部とは異なる舞台で頑張る描写を入れたのは、吉岡先生をももクロにとっての早見あかりのメタファーとして使いたかったからで、別々の道で頑張っている事を強調する意味で必然性は感じました。


たかたさんをはじめ「吉岡先生あかりん説」を所十三先生もおっしゃってて、ああなるほどな、と思いました。
そう考えると吉岡先生が舞台でがんばってるシーンを入れたのはわかりやすいですね。

URL | さかもと #-

2015/02/26 01:34 * 編集 *

Orikunさんへ

コメントありがとうございます。


>  私が「奇しくも」と書いたのは、脚本を書いたのは喜安さんだとご存知のうえで脚本をめちゃくちゃ批判して、俺ならもっと上手い脚本が書けるぞと主張しているのが面白かったからです。おお、日本アカデミー賞脚本家に喧嘩を売ったかと(笑)


喧嘩売ってませんし、監督も脚本家もとても素晴らしい作品を作ってくれたと感謝しています。
もしこのブログを喧嘩だと思ってくださるのなら大変光栄ですが。


>  「これは黒木華の映画です。断言します。これは見る人が高橋さおり(主人公)となって黒木華に心酔する映画なのです。」なんて、めちゃくちゃ脚本をバカにした書きようですからね。もっとも、評論家ゴッコなんてのは、そういうものです。運動神経ゼロの奴が日本代表の試合を観てボロクソに貶しまくるのが評論家ゴッコの醍醐味ですから。
>
>  喜安さんは、なぜ演劇をやっているのか、なぜ演劇を続けているのか、迷い続けている自分自身の経験を高橋さおりに投影して、自分なりの「幕が上がる」を書きたかったと話しています(PICT-UP参照)。ところが、原作のさおりは、台本作りに迷うことはあっても演劇をやっていることに対しての迷いはありません。喜安さんには、最初から、原作を忠実に「再現」しようなんて気はなかったんですね。おそらく、演劇を題材にした脚本を書くにあたって、嘘っぽくなるのが嫌だったのではないでしょうか。


ここまで書いておいてなぜ「脚本をバカにしたような書き方」と読めたのでしょう。
僕の筆致力不足ということはあるにしても。
あの脚本でなければあの映画ではなかったわけですから大絶賛しているのですが。


>  さかもとさんも、れにちゃん推しなら解るでしょう。れにちゃんだって、同じように、ももクロをやっていること、ももクロを続けることに対して迷い、一時は辞めようかと思いながらも、ももクロを続けることへの意味を見つけて、「一生ももクロ」宣言をしました。その高城れに物語は、余計なものを削ぎとって、彼女の心の動きに焦点を絞って描くだけの価値があるんです。ももクロが演劇に、高城れにが高橋さおりになったのがこの映画です。


やはり高橋さおりはれにちゃんが適任ですよね!(笑)。

>
>  最後に。
>  私に言わせれば、さおりが心酔したのは演劇であって、黒木華演じる吉岡先生は優秀な媒介者に過ぎません。だから、さおりは演劇を続ける決意をしたんです。
>  吉岡先生の振る舞いを真似てしまうくらいならともかく、さおりに吉岡先生が憑依だなんて、とんでもない。安っぽいマンガになっちゃいます。吉岡先生は、なぜ、さおりの脚本で演じてみたいと言ったのでしょう。それは、さおりには自分とは違う魅力があると思ったからです。さおりが自分のコピーだったら、いっしょにやりたいだなんて思いませんよ。


ここは原作と映画の違うところで、原作を読んでいると吉岡先生の言葉が納得でき、映画では納得できませんでした。
これは感想なのでひとりひとり感じ方が違うのだと思います。
原作では演出家の才能を見出し、女優となった吉岡先生の魅力を引き出す演出家になるだろうと吉岡先生も信頼していることが伝わってきます。
ですが映画では細かい部分まで時間的に描けないので、単純に女優に未練があった吉岡先生がなぐさめで高橋さおりに言ってるようにも感じられます。
原作を知らずに映画を見た印象はそうでした。

もちろん僕個人のこの感想に対してもいくらでも評論家ゴッコができるでしょう。

URL | さかもと #-

2015/02/26 01:47 * 編集 *

ようやく観れました、感想書きますね

さかもとさん、こんにちわ。

「幕が上がる」をようやく観ることができました。
前回のコメントの返答で、感想が聞きたいとありがたい声をいただきましたので、駄文ですが感想を述べさせていただければと思います。

なお、原作を読んでいないことを前提とさせていただきます。
これは、僕自身が原作との比較により、作品を評価することが嫌いだからです。
カバー曲や演劇などと同じで、制作者の解釈つまりアレンジを理解し楽しめなければ、それは結局自分の解釈(こうあるべき論)の押し付けでしかないと思うからです。


●映画としては凡百、ももクロの映画としては傑作

率直な感想としては、モノノフ向けの作品だなと思いました。
それは悪い意味ではなく、ももクロの成長ストーリーとリンクしており、そのストーリーを知る人にとっては、物語の魅力が数倍に跳ね上がると感じました。
配役の成長とメンバーの成長がリンクしていたのも良かったです。

逆にももクロのストーリーを知らないで観ると、よくある青春映画だなと思います。
映像として惹かれるものがなかったことも、その要因です。



●人生経験のリンク度合いと感動が比例する作品

Twitterなどで評判を追っていたのですが、そこで「感動した」「泣いた」という意見に対して違和感を感じました。
これ、宮崎駿監督の「風立ちぬ」を観たときと同じ違和感なのですよ。

映像美として「風立ちぬ」は、素晴らしい素晴らしい作品だと思っています。
情景描写と心理描写、そしてそれらの高次元での融合。
色彩と構図のセンスも相まって、宮崎作品の真骨頂を感じ、終始魅入っていました。

しかし、感動はありませんでした(ストーリー自体は好きなのですが・・・)。
前評判とのギャップに僕の中でものすごい違和感があったため、その後「風立ちぬ」の感想を貪るように調べました。

そこで思ったことは、これは主人公と自身をリンクさせ、自分の人生経験とリンクできて初めて感動できるものなのだな、ということでした。


「幕が上がる」も同様でした。
青春を謳歌できた人にとっては、目標が見つかり、どんどん輝いていく彼女たちの姿と自身との思い出との重なりが感動を呼ぶのだなと感じました。

なので、僕は感動はありませんでした。
代わりに、十代にそういうものを見つけられた人って幸せだなという感想を抱きました。





ちなみに、僕が今回一番言いたいことは、ここからです。
主観たっぷりになりますが、ご容赦願います・・・


●配役の関係性とのメンバーの関係性のみごとなまでのリンク

先ほど、ももクロの成長ストーリーとリンクしており、そのストーリーを知る人にとっては、物語の魅力が数倍に跳ね上がると書きました。

さおりのリーダーとして自覚と成長。
明美ちゃんの挫折とそれを自身の力で乗り越えようとする姿。
がるるのムードメーカーとしての明るさ。

この辺りは、ももクロの成長ストーリーとリンクしている好例ですが(個人的には、がるるの掘り下げがもう少しほしかったです)、僕が挙げたいのはユッコと中西さんの関係性の描写です。


僕の中でいつも注目していたのは、玉さんと杏果ちゃんの関係性でした。


年齢として最も近いのは、玉さんと杏果ちゃん。
でも、学年が同じなのは、夏菜子ちゃんと杏果ちゃん。
それもあって、夏菜子ちゃんと杏果ちゃんの間には、二人にしかない独特の関係性がありました。
ちょうど、あかりちゃんと夏菜子ちゃんとの関係に近いものですね。


それを象徴する出来事が、クランクアップのシーンでした。

夏菜子ちゃんが感想を言おうする際、こみ上げたものがあったのか、涙ぐみ、言葉を詰まらせました。
その際、一度、玉さんの方を向き照れ笑いをして、その後、杏果ちゃんの方を向き彼女の肩で泣いていました。

玉さんと夏菜子ちゃん、杏果ちゃんと夏菜子ちゃんの関係を垣間見るシーンでした。


年はあまり変わらない、しかも一緒にいる時間は自分の方が長いはずなのに、埋められない壁・距離感。
ももかなこに嫉妬する玉さんは、ネタとしてよく取り上げられますが、僕は玉さんには実際二人の距離感に何かしら感じるものがあったのではないかと思っています。

しかし、玉さんはそんな杏果ちゃんに対して敵意を見せるどころか、仲間としての愛情を注いでいる感じを受けます。
最近、様々な場面で、玉さんは杏果ちゃんの弄りをしているところを見かけます。
空気を読みすぎて、話に入ってこれない杏果ちゃんに対して、活躍の場を与えてようとしているように見えます。
頭の回転が速く、優しい玉さんならではのエピソードです。

杏果ちゃんは、杏果ちゃんで自分にはないものを持っている玉さんに対して憧れを抱いています。
映画の中でも、中西さんはユッコの演技力と華やかさを認めていましたね。


玉さんと杏果ちゃんの関係性には、不思議な魅力を感じ、僕がももクロに惹きこまれた要因の一つです。
そんな僕が感じていたものを、映画では絶妙に表現されていて、やられました。
同時に、モノノフ向けの作品だなと決定付けた要因でもありましたが・・・

さかもとさんが言われるように、お互いの色のペンキを塗り合うシーンは、蛇足かもしれません。
しかし、二人の関係性を見た上で、あの演出を観るとこみ上げるものがあるのです。

だから、僕はあの演出は大好きです。

URL | yoturn #-

2015/03/01 19:44 * 編集 *

yoturnさんへ

コメントありがとうございます!


> なお、原作を読んでいないことを前提とさせていただきます。
> これは、僕自身が原作との比較により、作品を評価することが嫌いだからです。


それではぜひ原作単体での感想をお待ちしております。
僕はももクロきっかけでこの小説が読めたことを感謝するほど素晴らしい出来栄えだと思いました。


> 逆にももクロのストーリーを知らないで観ると、よくある青春映画だなと思います。
> 映像として惹かれるものがなかったことも、その要因です。


淡々としてますよね。わかりやすい大きな挫折とかものすごい展開があるわけでもないですし。
黒木さんのエチュードのシーンと7人の肖像画のシーンは大好きですが、基本は演技に詳しいとかももクロが好きとか映画に詳しいとかじゃないと良さに気づけない気がしました。



> 青春を謳歌できた人にとっては、目標が見つかり、どんどん輝いていく彼女たちの姿と自身との思い出との重なりが感動を呼ぶのだなと感じました。

演劇経験者の賞賛の声が多いので、やはり演劇部だったり、部活に打ち込んだ経験があったりすると共感しやすいんでしょうね。
僕も泣けはしませんでした。良い映画だとは思いましたけど。


> ●配役の関係性とのメンバーの関係性のみごとなまでのリンク

かなり意識的に配置されてましたね。
ももクロを好きな人はそれらを探す楽しみもあると思います。
演劇評論家の中西さんに聞いたら演劇系の出演者や小ネタもかなり盛り込まれているそうです。
見る人によってすごい差が出てきそうです。


> しかし、玉さんはそんな杏果ちゃんに対して敵意を見せるどころか、仲間としての愛情を注いでいる感じを受けます。
> 最近、様々な場面で、玉さんは杏果ちゃんの弄りをしているところを見かけます。
> 空気を読みすぎて、話に入ってこれない杏果ちゃんに対して、活躍の場を与えてようとしているように見えます。
> 頭の回転が速く、優しい玉さんならではのエピソードです。


ここ最近は特にしおりんが大人になりましたね。高校卒業というのが大きい気がします。
より周りを活かすことの楽しみを覚えた感じがします。
スラムダンクで言えば仙道彰です(笑)。
ただ自分から点を取りに行くことがなく、あくまで役割として先陣を切るのにとどまってるのが残念です。


> 玉さんと杏果ちゃんの関係性には、不思議な魅力を感じ、僕がももクロに惹きこまれた要因の一つです。
> そんな僕が感じていたものを、映画では絶妙に表現されていて、やられました。
> 同時に、モノノフ向けの作品だなと決定付けた要因でもありましたが・・・
>
> さかもとさんが言われるように、お互いの色のペンキを塗り合うシーンは、蛇足かもしれません。
> しかし、二人の関係性を見た上で、あの演出を観るとこみ上げるものがあるのです。
>
> だから、僕はあの演出は大好きです。


メンバーカラーと映画の小道具の関係性はわかりやす過ぎて、「ももクロの映画」を見に行った人には良いのかも知れませんが「映画」を見に行ったももクロファンとしては少し説明的過ぎる感じがしました。
そういう部分で説明しないのが映画じゃないのかな、と。

言い換えるといろんな見え方ができるので、見るときにどんなスタンスで見るかを決めていくと様々な部分に触れられるのかも知れません。

そういう意味ではかなり見る人を選びそうです。
見る人によって感想が大きく変わるのもそのためなんでしょうね。

URL | さかもと #-

2015/03/01 23:47 * 編集 *

感想の感想と感想ですw

やっと映画を見たのでさかもとさんのブログをチェックさせていただきました。

演劇を知らないとこういう感想になるんだなーって思ったし、あの映画で小ネタに気が回るなんて大したもんだと思いました。
私は見ていて、彼女達のイメージカラーはもちろん、アイドルグループのメンバーであることすら忘れてました。
それは映画の世界に没入できたからだと思います。
そしてそれは、私が高校演劇出身だからだと思います。

例えばさおりが次の本の題材を考えて図書館に行くシーンで、私は「脚本探し」のキツさや大変さを知っているので、追い込まれるさおりの気持ちを強く理解できました。
国語の先生の言葉でさおりの道が拓ける部分も、演劇という「本番の翌日に、やり残した事やもっといいアイデアが頭に浮かんで死にたくなる」という満たされなさを思い出して心がえぐられるのです。


演劇出身、そして演出出身だからこその感想ですが、舞台の主役は演出家です。役者なんかじゃありません。
役者がヘタなら演出家の責任。芝居がつまらなければ演出が悪い。
役者に力が無くても演出が良ければ芝居として成立するのが舞台だと思いますし、私はそう信じています。

吉岡先生は役者であって演出家ではありません。センスのいい役者が自分ならどう感じるかを語ってるだけです。
演劇を捨てたからかもしれませんが、顧問を引き受けずに見学に固執したのはそこに理由があると思われます。

そして、さおりは感性が優れている演出家特性が高い子なのに想いを言葉にしない子だったけど、吉岡先生の言葉が自分の想いと同じだったから、自信を持って声に出せるようになったし、逆にさおりの演出を合宿でずっと見ていた先生なら、役者として自分の感性と似ている演出家と仕事をしたいと思う、という役者の特性があの手紙を書かせたのだと思います。
そして、そこに必ずしも劇中劇が表現されている理由はないと思います。
ま、これは「個人の感想です」レベルですが。

ちなみに高校演劇の世界では、自分が地区大会→都大会(私は東京の高校だった)→ブロック大会まで行って、全国の切符を手にすることこそがゴールであり勝利です。
全国に立つことではなく、勝ち続けることが目標なんです。それは似たようなことを冒頭でさおりも言ってますよね。

そして、既存の物語(戯曲ではなく)を60分にまとめるというのは、よほど新しい解釈が無ければ脚本が評価されることはありません。

そして使い古されてる「銀河鉄道の夜」でも評価されるって事は、よほど優れた内容なんだと読み取ることができます。

ただ、そんな高校演劇の都合を知ってる人は皆無でしょうから、そう読み取ってもらうことは難しいんでしょうね。


私の学校は演劇部は2年の地区大会シーズンで引退でした。
2期上の先輩が作った芝居がフェスティバルにお呼ばれした時には、自分たちは自分の地区大会、1年先輩は受験があったので、卒業した先輩が制服を引っ張り出して(今でいうコスプレ)事務局にナイショで出演しましたw

閑話休題。
私にとってこの作品は、私の高校生活の90%以上を占めた高校演劇のリアルを突きつけてきた作品だったので、ももクロそのものを忘れて物語に没頭できました。
それでも事前番組やパンフレットで情報を持ちすぎたために、胸をえぐる厳しい気持ちが減ってしまったことを後悔しています。

そしてこの感想が、高校演劇を知らない人にどれだけ共有されるのか心配で、Twitterでも無条件でオススメ出来なかったんですが、さかもとさんのブログを読んでその想いを新たにしました。
今私は、劇部の仲間と映画の感想を語り合いたい欲求が渦巻いてますw

いずれにしても、この映画を観れば百田夏菜子を映画に使いたいと思うプロデューサーは続出すると確信してます。

長くなってすいません。

URL | キチソンZ #-

2015/03/02 01:44 * 編集 *

こんばんは さかもとさん
時々ブログを拝見させていただいている者です。ももクロ論壇本も三冊とも購入し読ませていただきました。実際自分の意見や皆さんの評論を本にしたり編集したりするのは本当に大変だろうなといつも感じながら過ごしている小心者です。

さて「幕が上がる」やっと観ました。
とても良かったです。小学生の感想みたいですが正直な気持ちです。絶賛コメントばかりを聞き、前評判の高さが先行していたせいもあり、自分がももクロファンであることも差し引いて5点満点中4点が上限かなという評価です。

今回作品を観て一番印象に残ったのは何故か本広監督。普通は作品の内容やメンバーの演技などだと思います。もちろんこれについても後で触れたい、しかし
本広監督です。今までの踊るなどの作品と何処が違うとか演出技術等がどうとか詳しいことは分かりません。

でも本広監督のこの作品に賭ける意気込みというか本気度がとにかく見終わって帰ってきてからじわじわ広がってきました。

そのひとつの例が最後の大会の劇中劇を見せないエンディング。正直映画館では「えっここで終わりなの」ってなりましたが、帰ってきてこれはこれでいいという感想に変わりました。

このような感想を持ったのは清野茂樹さんの「真夜中のハーリー&レイス」で本広監督の出演回を聞いたのが大きいかも知れません。その中で先輩達への合コンのセッティングが映画監督になるのに役に立ったという合コン出世論の話が意外に深くて的を得ているなと感じました。それまでの踊るに代表されるテレビ映画屋や興業屋いうイメージから少し人間的な親近感が増しました。

本広監督はたしか自分の記憶が間違ってなければ踊るで実写邦画の興行収入記録を持っています。その自称「モノノフではない」監督がなぜアイドル映画に挑戦したのか、なぜももクロだったのかという点に興味がでてきました。

その点についての本広監督コメントは本人が色々なところで語っていますので
ここでは書きませんが、色々なものを背負った作品であるのは間違いないでしょう。作品を見終わったから言えるのですが、関係者の感想に絶賛が多いのはこの点の覚悟が作品から感じとれたからではないでしょうか。

そして再度作品についての感想ですが、良かったです。先入観をなくすために原作を読んでいませんが、これから買って読もうと思いました。楽しみです。

メンバーの演技については役の有利不利もあると思いますが、個人的に有安さんと百田さんが良かった。玉井さんは期待ほど良くなかったけど伸びしろがあるという印象。あーりんはあーりん。高城さんは少し空回りというか役で損しているという印象です。れにちゃん推しのさかもとさんには申し訳ないですが。

ももクロ5人全員での映画出演はおそらく最後になると思いますが、総じて言えるのはこのような作品で映画を撮ってもらえるももクロメンバーは恵まれていると。

映画作りで監督が一番気を遣ったのは「おいしいご飯」だと語っていました。合コン出世論といい、なるほどと思いました。
またカメオ出演についても賛否というか否の意見が多いようですが、前述のように今回は本広監督に好印象を持ったのであまり気になりませんでした。

興行的には厳しいスタートになりました。でも良い作品であることは間違いありません。映画宣伝のためのテレビ露出の多さと視聴率、またCDの売上やその販売方法等などでももクロに対するあたり風も強まっています。以前はAKBがアンチの受け皿になっていましたが、ここ最近はももクロに変わったようです。それだけ認められたとも言えることだと思いますが。女性アイドルグループとして今後も存続していくためにもここで是非踏ん張って欲しいと思います。

原作を読んで打ち切りになる前にもう一回見に行こうと思います。
できれば舞台も見たいです。地方なので厳しいですが・・・

PS 自分の周りには残念ながらなかなかももクロを語れる人がいなくて今回このような場をお借りしました。さかもとさんも評論本の中で述べられていましたが、これからもももクロはももクロインフラを広げてたくさんの人が笑顔になってほしいと思っています。








URL | 名無し九 #-

2015/03/03 04:20 * 編集 *

返事ありがとうございます。

>言い換えるといろんな見え方ができるので、見るときにどんなスタンスで見るかを決めていくと様々な部分に触れられるのかも知れません。

>そういう意味ではかなり見る人を選びそうです。
>見る人によって感想が大きく変わるのもそのためなんでしょうね。


それは、言えますね。
前評判とか、原作とか、自身のキャリア(演劇経験)とか、色々なバイアスに影響を受けやすい作品になってしまいましたね。

僕は、あえてできるだけ自分のバイアスを無くして観たので、余計にそう感じました。


でも、これって、ももクロを語ろうとする時と同じなんですよね。

ももクロって、感性に訴えてくるものであり、理屈じゃないんですよね。
感性に訴えられるから、語る時はどうしても感情論になる。主観で語ってしまう。

そして、その感情が大きなバイアスになるんです。


さかもとさんの高城れに=さおり論も、そんなところを感じます(笑)

でも、それで良いと思いますよ。
そういうものですし。



感情の赴くままでも良いと思います。論理性が全てではないですからね。

ただ、その自分が抱いた感情を論理的に追求するのは、面白いですが…




追伸

パンフレット、かなり良いですね。
特に最後の企画は、嘘偽りのないあの子たちだからこそ、成立するものだったと思いました。

おかげで、また観に行きたくなりましたし、この子たちのファンで良かったなと思えました。

URL | yoturn #-

2015/03/03 23:08 * 編集 *

キチソンZさんへ

コメントありがとうございます!
いつもツイート楽しみにしています(笑)。


> 演劇を知らないとこういう感想になるんだなーって思ったし、あの映画で小ネタに気が回るなんて大したもんだと思いました。
> 私は見ていて、彼女達のイメージカラーはもちろん、アイドルグループのメンバーであることすら忘れてました。
> それは映画の世界に没入できたからだと思います。

没入しかけると良いタイミングでももクロネタで現実に引き戻されます(笑)。
演劇は経験も無いですし見にも行かないので、学生時代の部活動という共通点ぐらいしかなかったのですが、それが泣けなかった原因かも知れません。


> そして、さおりは感性が優れている演出家特性が高い子なのに想いを言葉にしない子だったけど、吉岡先生の言葉が自分の想いと同じだったから、自信を持って声に出せるようになったし、逆にさおりの演出を合宿でずっと見ていた先生なら、役者として自分の感性と似ている演出家と仕事をしたいと思う、という役者の特性があの手紙を書かせたのだと思います。
> そして、そこに必ずしも劇中劇が表現されている理由はないと思います。


なるほど。
でもそうなってくると演劇経験者には深く刺さる映画だけど、演劇経験者じゃないと深く刺さらない(深く楽しめない)映画となってるということでしょうか。
映画を見ただけだとブログに書いたような印象で、小説を読むとさらに小説の細やかさと映画化でカットされた部分の貴重さが際立ちました。
ぜひ小説を読んだあとの感想もお聞きしたいです!

3時間にして劇中劇を入れてたら大傑作になった気がしています。


> 全国に立つことではなく、勝ち続けることが目標なんです。それは似たようなことを冒頭でさおりも言ってますよね。

そうなるとどうしても「行くぞ全国」というCM的フレーズの軽さが嫌になってきます。
原作を読むと、演劇をせずにはいられないからより高みを目指しているだけ、という感じを受けます。3年生が全国に行けないとかはもはやどうでもよくなってるほど夢中になってる感じなんです。


> そしてこの感想が、高校演劇を知らない人にどれだけ共有されるのか心配で、Twitterでも無条件でオススメ出来なかったんですが、さかもとさんのブログを読んでその想いを新たにしました。
> 今私は、劇部の仲間と映画の感想を語り合いたい欲求が渦巻いてますw

お聞きします。
『幕が上がる』はももクロファンを増やすでしょうか、それとも演劇ファンを増やすでしょうか。
もちろん比べられないものなのでお聞きするのもナンセンスなのは承知していますが、「ももクロ」と「演劇」、一体どちらが「勝った」んでしょうか。
僕はももクロ色にこだわり過ぎた(商業的などの理由でしょうがないにせよ)ゆえに、ももクロの良さよりも演劇の奥深さを広めるのに貢献している気がしています。

答えはそれぞれが単独で映画に出たときに証明されそうですが。

とにかくここまでいろんな意見が出て語られる映画になったというのはとても大きなことだと思います。
ただ金儲けのために消費される映画ではない感じがします。

URL | さかもと #-

2015/03/04 01:53 * 編集 *

名無し九さんへ

コメントありがとうございます!


> 時々ブログを拝見させていただいている者です。ももクロ論壇本も三冊とも購入し読ませていただきました。実際自分の意見や皆さんの評論を本にしたり編集したりするのは本当に大変だろうなといつも感じながら過ごしている小心者です。

お買い上げいただきまして本当にありがとうございます!
しかも3冊全部!すごい!レアです!(笑)


> その点についての本広監督コメントは本人が色々なところで語っていますので
> ここでは書きませんが、色々なものを背負った作品であるのは間違いないでしょう。作品を見終わったから言えるのですが、関係者の感想に絶賛が多いのはこの点の覚悟が作品から感じとれたからではないでしょうか。


僕も見終わって「本広監督ってすごいじゃん」と上から目線な感想を持ちました(笑)。
売れなきゃ絶対にダメという状況で原作の雰囲気をできるだけ壊さず、しかもももクロが主演であるということを活かして映画を作る、と。
とても難しいことだったと思いますがそれをクリアしています。
ですがそうなってくると高望みしてしまうのがファンの浅ましいところです(笑)。



> メンバーの演技については役の有利不利もあると思いますが、個人的に有安さんと百田さんが良かった。玉井さんは期待ほど良くなかったけど伸びしろがあるという印象。あーりんはあーりん。高城さんは少し空回りというか役で損しているという印象です。れにちゃん推しのさかもとさんには申し訳ないですが。


ほんとそうなんですよ!高橋さおり=高城れに説を提唱している者としては納得できませんでした!(笑)。
夏菜子ちゃん推しの評価が総じて高いので、やっぱこれは夏菜子ちゃん主演の映画なんだな、と思いました。


> 興行的には厳しいスタートになりました。でも良い作品であることは間違いありません。映画宣伝のためのテレビ露出の多さと視聴率、またCDの売上やその販売方法等などでももクロに対するあたり風も強まっています。以前はAKBがアンチの受け皿になっていましたが、ここ最近はももクロに変わったようです。それだけ認められたとも言えることだと思いますが。女性アイドルグループとして今後も存続していくためにもここで是非踏ん張って欲しいと思います。


週刊誌系の叩かれ方をしていますね。
それだけ目立つ存在になってきたということでしょうね。
ライブの魅力もなかなか伝わらないでしょうし。
大きな会場では演出ばかり目がいきますし、月刊高橋はそもそも当たりません。

そこで新たに演技という武器を獲得したと思うんですが、それが今後どう活かされるのかが気になりますね。
舞台がどうなるのか。LVでもいいので見たいです。


> 原作を読んで打ち切りになる前にもう一回見に行こうと思います。


ぜひ原作読んでください!
これは傑作小説です!


> PS 自分の周りには残念ながらなかなかももクロを語れる人がいなくて今回このような場をお借りしました。さかもとさんも評論本の中で述べられていましたが、これからもももクロはももクロインフラを広げてたくさんの人が笑顔になってほしいと思っています。


ありがとうございます。
「ももクロ」と言う言葉が共通言語になっていろんな人がつながっていくといいですね!
小説読んだらまた感想お聞かせください!

URL | さかもと #-

2015/03/04 02:25 * 編集 *

yoturn さんへ

コメントありがとうございます!


> でも、これって、ももクロを語ろうとする時と同じなんですよね。
>
> ももクロって、感性に訴えてくるものであり、理屈じゃないんですよね。
> 感性に訴えられるから、語る時はどうしても感情論になる。主観で語ってしまう。


そうなんですよね。
だからどれが正解とかはなく、いろんな意見を見て「なるほどね」と思ったり「自分はこう思うな」と表明したりするのがいいと思います。
「絶対こうじゃなきゃダメ」という見方はももクロちゃん達の想いに反する気がします。


> パンフレット、かなり良いですね。
> 特に最後の企画は、嘘偽りのないあの子たちだからこそ、成立するものだったと思いました。


まだ買ってないんですよ!
フォトブックもまだ見てませんし。
パンフレットが売り切れたら悲しいので早く買いに行きます!

URL | さかもと #-

2015/03/04 02:29 * 編集 *

映画というより新曲の話ですいません

青春賦久しぶりにいい曲でした。こういういい曲が続けば本来ならヒャダインの曲にこだわる必要はないと思ってます。

ただ、僕はヒャダインとももクロのじょーじょーゆーじょーのためにヒャダインの曲の新曲やって欲しいですね。笑顔の天下のためにはヒャダインと共演NGみたいな空気はなんとかして欲しい、去年のアニメ紅白とかライヴでヒャダインとももクロのじょーじょーゆーじょーをやらなかったのはざんです。カカカタ⭐︎カタオモイはヒャダインソロ曲でやったみたいですけど同じ「日常」の曲にしても多くの観客が聞きたかったのはそっちではなかったのではないかと思います。

ももクロにしてもエビ中にしてもスターダストプロモーション所属な以上演技は重視してると思います。ライヴの方は減って全国ツアーは2年に一回ぐらいになるかもしれませんがそれでいいと思ってます。

あとあかりんについてのストーリーですが、ここ最近しかもあかりんの側から語られることも多い気がします。毎クールドラマに出たりと活躍も目立ってきてようやく堂々と元ももクロといえるようになってきたのだとおもいます。ただ、幕が上がるの吉岡先生あかりんと重ね合わせがちですが、僕はそうは感じなかった。あかりんはあかりんだよって思いますね。

5月の舞台は百田夏菜子は舞台には出ず演出に専念しそうな気がします

URL | ポルカ #-

2015/03/13 05:00 * 編集 *

ポルカさんへ

コメントありがとうございます!


> 青春賦久しぶりにいい曲でした。こういういい曲が続けば本来ならヒャダインの曲にこだわる必要はないと思ってます。


青春賦は4曲とも素晴らしいですね!
ももクロらしさは表面上は見えてきませんが、それが「誰にでも歌える曲」となっていてとても良いと思います。
合唱コンクールとかで青春賦を歌って欲しいですねぇ。



> ただ、僕はヒャダインとももクロのじょーじょーゆーじょーのためにヒャダインの曲の新曲やって欲しいですね。笑顔の天下のためにはヒャダインと共演NGみたいな空気はなんとかして欲しい、去年のアニメ紅白とかライヴでヒャダインとももクロのじょーじょーゆーじょーをやらなかったのはざんです。


僕も絶対邂逅があると思って参戦したんですが絡みすらありませんでした。残念です。
ほんと大人のくだらない面子とかどうでもいいので、双方ももクロちゃんのためを思った楽曲制作をしていただきたいですね。
じょーじょーゆーじょーコラボが来たら泣くでしょう(笑)。



> ももクロにしてもエビ中にしてもスターダストプロモーション所属な以上演技は重視してると思います。ライヴの方は減って全国ツアーは2年に一回ぐらいになるかもしれませんがそれでいいと思ってます。


エビ中の舞台も良かったみたいですね。
ただアイドル部と女優部を分けたのにアイドル部に女優スポットが当たるのは皮肉なものですね。
年を重ねていく上で女優というのは強力な武器になると思うので今から成長が楽しみです。


> あとあかりんについてのストーリーですが、ここ最近しかもあかりんの側から語られることも多い気がします。毎クールドラマに出たりと活躍も目立ってきてようやく堂々と元ももクロといえるようになってきたのだとおもいます。ただ、幕が上がるの吉岡先生あかりんと重ね合わせがちですが、僕はそうは感じなかった。あかりんはあかりんだよって思いますね。
>
> 5月の舞台は百田夏菜子は舞台には出ず演出に専念しそうな気がします


最近電通の恐ろしさを感じています(笑)。
七番勝負番外編もVS女優であかりんと対談するんじゃないかとすら思っています。
そして年末は紅白で共演でしょうね。
電通すごいです。

僕も吉岡先生を見ててあかりんとは感じなかったんですが、あとから意見を聞いて「なるほどあかりんに寄せて物語を作り直してるな」と感じました。
僕としてはやはり物語からいなくなることで高橋さおりに降臨するかのような展開を望みました。

URL | さかもと #-

2015/03/14 08:30 * 編集 *

期待より良かったです。

私は青春映画大好きです。



5段階評価で3点!です。内0.5はももクロファン得点

ファンならでは楽しみはあったのて笑いはけっこうありましたが、感動はラストだけでした。それも内容ではなく幕が上がってからの走れ!の入りに「うわ~♪」とライブ見てるみたいな感覚に感動しただけという…後は【行く春】がいい曲でサブイボ立ったくらいだす。

あ、自分達が出場できないのに全国を目指す姿はすこし熱くなりました。【桐島部活~】にもあった無駄ではない努力感は好きです♪


そして私の彼女達の演技の印象は

◼カナコ
演技にクセがあるような…

◼タマちゃん
一番自然で上手いとおもいました。

◼あーりん
あーりんはあーりん

◼ももか
もう一回見ないとなんとも…

◼れにちゃん
れにちゃんもれにちゃん

取り敢えず次は全員ももクロっぼくない役をみたいですね、それは未来への楽しみに♪


嫌な予感がビンビンですが次はあいあいのコックボーを見に行くとします(笑)

URL | J.フェニックス #-

2015/03/18 11:35 * 編集 *

J・フェニックスさんへ

コメントありがとうございます!


> ファンならでは楽しみはあったのて笑いはけっこうありましたが、感動はラストだけでした。それも内容ではなく幕が上がってからの走れ!の入りに「うわ~♪」とライブ見てるみたいな感覚に感動しただけという…後は【行く春】がいい曲でサブイボ立ったくらいだす。


僕は「その前に」の方が泣けました。
やはりドキュメントの方が泣けます。
映画のストーリーは単純なものなので物語としてはハラハラドキドキしませんでした。
2時間という枠のなかで、できるだけ詰め込んだんだろうとは思いましたが、やはり物足りなさは感じますね。
特にれにちゃん推しとしてはがるるの出演時間をもっと膨大にして欲しいです(笑)。


> ◼カナコ
> 演技にクセがあるような…
>
> ◼タマちゃん
> 一番自然で上手いとおもいました。
>
> ◼あーりん
> あーりんはあーりん
>
> ◼ももか
> もう一回見ないとなんとも…
>
> ◼れにちゃん
> れにちゃんもれにちゃん
>
> 取り敢えず次は全員ももクロっぼくない役をみたいですね、それは未来への楽しみに♪


そうなんですよね。
せっかく女優として映画に出るのですから、ももクロに寄せない配役を見たいですね。
5人ではもう出ないかも知れないので、今後が楽しみです。
れにちゃんは笑顔を消した時の表情が抜群だったと思うのですがいかがでしょう!


> 嫌な予感がビンビンですが次はあいあいのコックボーを見に行くとします(笑)


どうなんでしょうね。
ひどくはないと思いますけど。エビ中舞台も好評みたいですし。
ぁぃぁぃにはキムタクや松潤のようにエースとして単体の仕事をがんばって欲しいです!

URL | さかもと #-

2015/03/19 02:07 * 編集 *

こんにちは さかもとさん 

原作やっと読み終えました。
素晴らしいの一言。これは本当に傑作ですね。
出だしはライトノベルのような感じがしましたが、途中から気にならなくなり
どんどん引き込まれました。

特に吉岡先生が去った後、大会に臨む高橋さおりと部員達の成長の疾走感は
すでに私達大人がなくしてしまった何かを見ているようで熱い気持ちになると
同時にもうその頃には戻れないという感覚もはっきりとあるというなんとも
言葉では言い表せない状態になりました。

原作部員達の青春の疾走感はこれまでのももクロの活動と通じるところがある
と思いました。

そして映画は素晴らしい原作を読むための長いCMだという言い方にも今は充
分納得できます。

原作を読むとたしかに映画のラストの描き方がに気にはなります。
なぜ銀河鉄道を選んだのかや県大会へ向けて作り込んでいくシーンと
最後の劇中劇を入れるともっと良くなったかもと思ってしまいます。
でもそうなると最低でもあと40分ぐらいは必要なので難しい所ですが。

ただ映画は映画でいいんですよね。あれだけの制約の中でとてもよくまとめたなと制作陣を賞賛せざるを得ません。

さかもとさんは新しいブログのコメントで幕が上がるは失敗したと言っていますが、興行的にはふるわなくても失敗だったとは思いません。

もちろん大ヒットを望んでいたのだろうけど、そうならないことも想定してい
たと思います。原作を読めば誰もが映画化を熱望するのは必至です。
本広監督以外にも企画オファーがあったかも知れません。

正直、ももクロではない誰かが主演でも成り立つのではと考えましたが、
そうなるとそこまで感情移入できたかといえば自分は出来なかったでしょう。

原作者の平田オリザさんがももクロでOKしてくれたことにとても大きな意味
があると思います。よくぞ選んでくれたと。

ももクロは頑張っていたし、一般の方からもももクロの演技は悪くなかったと
かむしろ良かったと意見が数多く映画を通して一定の評価も得たと思います。
この経験は今後の活動や舞台で必ず活かされると思っています。

2年前とかではなく最年少の佐々木彩夏さんが卒業するこのタイミングで映画が
公開されたことも自分としては嬉しいです。

この映画がヒットして高校演劇の裾野を広げるという大きな目標はまだ達成で
きていないと思いますが、映画や特に原作の魅力がじわじわと伝わっていくこ
とを願っています。そして皆が忘れた頃にあらためて再評価されてもおかしく
ないと思っています。

前にも書きましたが、
ももクロ5人で主演を務める映画はこれが最後だと思います。

興行成績やCD売上、視聴率等で苦戦しているとの見方もありますが、運営もメンバーももう既存のステージではなく、次の新しいステージを見据えていると思います。その道が茨の道になるとしても。
映画はその一区切りになったのではないでしょうか。

もちろん自分も運営のことを手放しで応援しているわけではありません。
3CDプロジェクトで特別ライブの抽選券をつけるやり方やKiss衣装が素晴ら
しかったのにかんざしが似合わない百田さんのショートを容認。
AEファンクラブについては高い会費のわりにサービスが少ないと思いますし、
せっかくのライブで一般との敷居が高すぎます。顔認証は究極の個人情報なの
で強要は本当に嫌です。今回は地元ライブのためなくなく認証しましたが
できればしたくなかったです。

まあ不満はありますが、他のアイドルやタレントに移るほどDDでもありませ
んし、そもそも他にもそれほど興味もありません。
ももクロも一般人気を維持しながら長く続けることが大変だと思うので
メンバーと運営の頑張りに今後も期待しています。

長文駄文失礼しました。

URL | 名無し九 #-

2015/04/02 12:59 * 編集 *

名無し九さんへ

コメントありがとうございます!


> 素晴らしいの一言。これは本当に傑作ですね。

ほんと素晴らしいですよね!終わって欲しくないと思いながら読みました。
中西さんもおもしろいし高橋さおりもとても生々しく、そしてとても良い子でした。


> 原作を読むとたしかに映画のラストの描き方がに気にはなります。
> なぜ銀河鉄道を選んだのかや県大会へ向けて作り込んでいくシーンと
> 最後の劇中劇を入れるともっと良くなったかもと思ってしまいます。
> でもそうなると最低でもあと40分ぐらいは必要なので難しい所ですが。


そうなんですよね。
原作に寄せようとすると圧倒的に時間が足りません。
興行映画に乗せるために2時間にするとしたらももクロメインにして映画版にするのは一つの正解だったのでしょう。
10年後ぐらいに原作に忠実な4時間版をリメイクして欲しいです(笑)


> 正直、ももクロではない誰かが主演でも成り立つのではと考えましたが、
> そうなるとそこまで感情移入できたかといえば自分は出来なかったでしょう。

そうですね。少なくとも原作を読むまではいきませんでした。
ももクロが架け橋になっていろいろなものを見せてくれるのは大変ありがたいし、今後の社会の希望だとも思っています。
簡単に言うとみんな頭が良くなっていくと思うんです。


> ももクロは頑張っていたし、一般の方からもももクロの演技は悪くなかったと
> かむしろ良かったと意見が数多く映画を通して一定の評価も得たと思います。
> この経験は今後の活動や舞台で必ず活かされると思っています。

そうですね。
今回得たものを今後どうやって展開していくかが重要ですね。
れにちゃんはいろんな映画に出まくって欲しいです!


> ももクロも一般人気を維持しながら長く続けることが大変だと思うので
> メンバーと運営の頑張りに今後も期待しています。


僕の予想ではライト層が一気に離脱していく気がします。
それは運営自身の「ファン確保キャパシティ」がそれぐらいだったということだと思います。
なので来年ぐらいまでにはファンクラブ会員の実数が浮かび上がってくるんじゃないかなと。
更新し続ける層と1年で辞めちゃう層に二極化していくような気がします。

URL | さかもと #-

2015/04/03 05:58 * 編集 *

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