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実存浮遊

映画やアイドルなどの文化評論。良い社会になるために必要な事を模索し書き続けます。

世界の暗号を解け 映画『幕が上がる』について 



映画『幕が上がる』を鑑賞。

この世界は知っているものが多ければ多いほど美しさが出現する仕組みになっている。
多くのものは暗号化されているので、解読キーを持っていないと読めない。
解読キーの入手方法は様々で、そのひとつに「いろんな人と話し合う」というのがある。
自分の持っている解読キーを与え、相手の持っている解読キーをもらう。
解読キーを増やすことでこの世界は真の美しさで僕らを出迎えてくれる。

『幕が上がる』はそう言った「人と話す楽しさ」を改めて感じさせてくれる。
同じ趣向の人達で話し合い解読キーの精度を上げることもできるし、全然趣向が違う人達が『幕が上がる』という共通点でのみつながり、多種多様な解読キーを交換し合うこともできる。

暗号解読自体の楽しみは当然あって良いし、それを勧めているかのような構成もあって良いだろう。

ただ、映画に「真理を追究する」という情念がこもっていないと、それは途端に娯楽映画、大衆映画と化す。
映画が金儲けの手段の一つとして見るならそれは正解だ。

「真理を追究する」というのはわかりやすく書くと、なぜ自分が生まれてきたのか、なぜ自分がこの自分なのか、なぜこの世界はこの世界でしかないのか、この世界は正しいのか、などについて考え抜く気概だ。


『幕が上がる』は大衆映画で大成功をおさめるものなのか。
それとも、真理を追究するために必要不可欠な解読キーとなり得るものなのか。
ご覧になった方にぜひお伺いしたい。

「良い映画だった、おもしろかった、このあと何食べる?」系映画なのか。
「映画館を出てもこの映画のことしか、つまりこの世界の謎のことしか考えられない」系映画なのか。

とにかく多くの人にこの映画を見て欲しい。
そして一緒にあーだこーだ言いましょう!


ネタバレ感想 『幕が上がる』の映画の良さと小説のすごさ


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この記事に対するコメント

ありがとうございます

さかもとさん、こんにちわ。

記事と関係ないコメントになりますが、ごめんなさい。

最近、ようやく評論することの面白さを自分なりに理解し始めることができるようになりました。

評論とは、対象に対して感じたこと、思ったことを、持てる知識と情報を踏まえて、如何に論理的かつ客観的に表現するかということなんですね。

評論家が如何にそう思ったか、その理由を問い詰め、時に知識に照らし合わせながら、具体的に伝えていく。

読む側、聞く側もその情報から、何故そう思ったのかを分析し、理解する。


面白いもので、自分の感情を文字として表すことで、客観的かつ具体化されるため、そこから新しい発見があり、深堀へと繋がる。
更に、他の批評やバックボーンなどの知識を深めることで、更に深くはまっていく。

なんとも、哲学的ですね。
論理的かつ感情的、答えがないことを追求していく様も哲学的です。


すいません。
最近、色んな分野の批評を読み漁る機会があり、とても楽しかったのでここに書いてしまいました。

さかもとさんのここでの記事も、書籍でも、それを感じられたのもその理由です。


コメントのやり取りも、幼稚な感情論ではなく、お互いの感じたことを理性的に話し合えることも楽しいです。
※上から目線な文体なのは、僕の表現力のなさのためです。ご容赦ください。

素晴らしい批評を読んだり、議論を交わした後の、なんとも言えない高揚感というか、脳のスッキリさというか…


本当、下らないことをコメントして申し訳ありません。

URL | yoturn #-

2015/03/09 11:33 * 編集 *

yoturnさんへ

コメントありがとうございます!
記事と関係無くてもありがたいです!


> 評論とは、対象に対して感じたこと、思ったことを、持てる知識と情報を踏まえて、如何に論理的かつ客観的に表現するかということなんですね。

物事は平面ではなく立体的なのでいろんな角度から見る必要がありますね。
例えばりんご。
正面からは普通のりんごですが反対側はどうなってるのか見えません。
あちらから見てる人が「これは切られたりんごだ」と言っていますがこちらからは普通のりんごにしか見えず。

ここでお互いが譲らずに自分が見ているものだけを訴えてもりんごの状態を言い表せないですよね。
あっちは「このりんごが切れてることも知らないのかよ、何も見えてないな」と言い、こちらは「どこが切れてるんだ。りんごはりんごだろ」と言ってるようなものです。無益ですね。
なのでいろんな意見を尊重するのはとても大事だと思います。


> 面白いもので、自分の感情を文字として表すことで、客観的かつ具体化されるため、そこから新しい発見があり、深堀へと繋がる。
> 更に、他の批評やバックボーンなどの知識を深めることで、更に深くはまっていく。


そうなんですよね。
とにかく深く知りたい、もっとおもしろく感じたい、という思いが強化されていきます。
それと誰かに伝えようとすることで自分の中で思ったことが形作られていきます。 


> 最近、色んな分野の批評を読み漁る機会があり、とても楽しかったのでここに書いてしまいました。
>
> さかもとさんのここでの記事も、書籍でも、それを感じられたのもその理由です。

それはとても光栄です!
批評のなんたるか、評論のなんたるかは学んだことがないのでわかりませんが、とにかくおもしろいことをしたい、そして批評的評論的であろうとしています。
基本はおもしろいかどうか。
それは自分がおもしろいかどうかの他に、この社会がもっとおもしろくなるかどうかが大事だとおもっています。
なのでおもしろくなるのならば僕の批評が合ってるか間違ってるかなんてどうでもいいことなんです。
もっとおもしろい批評が積み重なっていくならばとても良いことですから。

URL | さかもと #-

2015/03/10 08:03 * 編集 *

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