01« 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.»03

実存浮遊

映画やアイドルなどの文化評論。良い社会になるために必要な事を模索し書き続けます。

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告  /  tb: --  /  cm: --  /  △top

映画『イニシエーションラブ』のオチについて 

小説『イニシエーションラブ』を読んだので、評価がなかなか高い映画版も見てみたいと思いました。

以下、小説版と映画版のネタバレ全開なので両方見てない人は絶対に読まないでください。

ネタバレじゃない感想としては、木村文乃さんが超絶かわいいのでそれを見るだけでも十分価値があります、ということです。
ドラマ『マザー・ゲーム』も見ているので木村文乃さんがさらに好きになりました。
80年代っぽさが微塵もありませんが。



■ 【ネタバレ注意】小説版を映画化するということ



まずこの小説は映像化不可能である、という前提があります。
細かく言うと、映像化はできるが映像にしてしまうと真の面白さを大きく損ないます。
なぜならこの小説は「叙述トリック」だからです。

「叙述トリック」について説明すると、読者の思い込みを利用した作者が仕掛けたトリック、と言えるでしょう。
通常の推理小説は、小説の中に登場する犯人が警察などを騙すために密室トリックなどを仕掛けます。起こっていることは作品の中です。
一方「叙述トリック」は作品の中で騙されている人はおらず、あくまで騙されていたのは読んでいる人で、騙そうとしているのは作者です。

例を挙げます。

都内の高校に通う真弓とリカコは恋人同士だ。女子大に行くことが決まっていたリカコ。大学生になったらはなればなれになってしまう。真弓は弁護士になる夢を蹴ってリカコと同じ女子大に入ることに決めた。

真弓が実は女だった、という叙述トリックです。恋人同士だから勝手に読者が男女のペアだろう、と思い込んでいることをトリックにしているだけで、作中の登場人物は誰も騙そうとはしていません。


これらを踏まえると、「叙述トリック」である『イニシエーションラブ』を映像化することがありえないことがわかると思います。
小説版はside-Aとside-Bに登場する主人公が別人であるというオチになっています。
マユちゃんと付き合っていた二人の男性がどちらも鈴木姓で、「タックン」とマユちゃんから呼ばれていることで同一人物だと誤認させられている状態だったわけです。

映画版ではそこをどう対処したのか。
それはAの主人公を太らせ、Bの主人公を松田翔太にし、Aが痩せた結果が松田翔太である、と誤認させようとしたのです。
確かに映画的な共理解(演出とはこういうもんだ、的なやさしい納得)を利用したトリックと言えるでしょう。

でも小説をすでに読んでいる人にとってはあからさまに人が切り替わったことになってしまいます。
小説版の「叙述トリック」の衝撃は、最後の最後まで思い込まされていることにあります。
まさに世界が揺らぐような感覚はこの映画では体感できないのではないでしょうか。
(小説を読まずに映画だけ見た人はその後どう感じたのか知りたいです)


■ 映画版のオチ案

映画版のラストは、AとBがクリスマスの日に出会うという展開になっています。
同じ人物だと思ってた人が同じ画面の中でぶつかってしまう。
確かにこれはすごい衝撃なのかも知れません。

ですがやはり小説を読んだ人にはすでに当たり前だったことですので衝撃が少ない。

では「繭子」が実は双子だった、というオチにしてみてはいかがでしょうか。

「繭子」と「マユミ」という双子がAとBとそれぞれ付き合っていたとしたら、これは小説を読んでいた人にとっても騙されたことになったのではないでしょうか。
そして映像ならではのトリックでもあります。
同じ顔をしているのだから「マユちゃん」は一人しかいないと思っています。

もちろん「双子オチ」自体はつまらないものでしょう。
ですが「小説版をすでに知っている人を騙すための映像的叙述トリック」としては正当な気がします。

もちろん「繭子」と「マユミ」をどのぐらいの割合で混ぜるかは監督の技量に掛かってきます。
でも観客が「マユちゃん」と思って見ていた人物が、堕胎した繭子と便秘が解消したマユミとで別人だったとするのは、原作を壊しつつ観客も華麗に騙される良い案だと思います。


■ 最後に

何度も言いますが、叙述トリックは叙述トリックものだと思って読んでも何もおもしろくありません。
何気ない小説だと思って読んだら世界が崩壊していく。
この体感が素晴らしいのだと思っています。

元々小説をあまり読まないので叙述トリックに出会ったのは5作ぐらいしか思い浮かびませんが、それでもやはり自分の脳が騙される瞬間というのは崩壊と悔しさと世界の奥深かさを知る体験を得られたと思います。


映像としての叙述トリック。一見矛盾しているような言葉ですが、ぜひともすごい映画を見てみたいです。

スポンサーサイト

この記事に対するコメント

△top

コメントの投稿

Secret

△top

トラックバック

トラックバックURL
→http://jitsuzonfuyu.blog111.fc2.com/tb.php/2226-75308ff7
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

△top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。