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実存浮遊

映画やアイドルなどの文化評論。良い社会になるために必要な事を模索し書き続けます。

映画『獣道』の宗教 

承認を求める者から与える者へ



以下映画『獣道』のネタバレを含みます。




あえて描かなかったのかも知れないが、宗教の教義と教祖の逮捕理由を描いて欲しかった。

少女時代、彼女が幸福だったのは絶対的な存在に承認されていたからだった。
それゆえ周囲の信者も一目を置く。

ラストこれが逆転する。
教祖だった男はアナンダのマネージャーになり、アナンダは彼女の魅力で一目置かれる存在となった。

彼女がアナンダである場面は3つある。

最初は少女時代の宗教施設。
ここへは親に捨てられ入信した。

次は中学校に転校した時。
ここへは宗教施設を奪われ来た。

最後は人気AV女優。
全てを失った果てに到達した。


そう、彼女は失われていく度にステージを上げていく。

一目で凄い(ヤバい)存在とわかる亮太。見るからにヤバいヤンキーが一瞬で亮太を認めたり、優等生の少女が一瞬で惚れたりする場面でも強調されている。
その亮太が愛衣に惹かれるのは、愛衣が教祖となる存在だからだ。


お互いにビンタしながらも激しく求め合うシーンは明らかにキリスト教をモチーフにしている。
頬をぶつ相手ごと愛するのだ。


親に捨てられ、彼氏に捨てられ、一度埋葬され、胸をさらけ出してまで守りたかった優しい擬似父にも捨てられ、処女を失い、何も無くなった果てにAV女優として皆を赦し救う存在となる。


承認を求め続けることで全てを失い、全てを失ったことで承認を与える存在となる。

伊藤沙莉無くしては成立しない素晴らしい映画。
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