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実存浮遊

映画やアイドルなどの文化評論。良い社会になるために必要な事を模索し書き続けます。

チャーハンの是非=売春の是非. [2007年03月24日(土)] 

これはある女性のお話を、脚色したりある部分を伏せたりした文章です。
想像しながらお読みください。


ある女性が男性から暴力を受けました。
警察に被害届けを出そうとしましたが、警官からは、まるでその女性の方が悪いかのような言い方をされ、事件とは関係ないセクハラ的な質問をされたりしました。

ネットで知らない人から、人間のクズだの汚いだの書き込まれます。

職場での対応も悪く、給料の支払いが滞っていたり、職場内での感染病拡大を予防する為の検診が行われていなかったりします。


ここまで読み、この女性が置かれている環境を改善すべきだ、と思った方は当然の社会性をお持ちです。
ですが、この状況が、社会的・道徳的理由により、ずっと改善されないままの職業が存在します。
当サイトにお越しの慧眼な方ならすでにお分かりでしょう。
売春婦、風俗嬢などの、性的サービス提供者の事です。
(「けいがん」って読むんだね。彗星の「彗」かと思ったら違ってた)


もし、上記のケースが看護婦だったら、誰もが改善せよと声を上げるでしょう。
だけど、性的サービス提供者はそんな対応はされません。
職場の改善も、法整備もなされない。法の改悪ばかり。



なぜこのような事を書こうと思ったのかと言えば、ある方から「ネットで売買春論争が勃発しておった」との情報を入手したからです。
どれどれ、と、いろいろ書かれているところを見て回る。

馬鹿なんじゃないかと思う意見が目立ちます。
松沢呉一さんが編集や執筆を務めた、売買春肯定論「売る売らないはワタシが決める」を読んだ僕としては、「まだそんな話してんのかよ」って気分になります。
僕は売春肯定論者なんですけど、自分の中ですでに決着がついている事が議論されてると呆れちゃいます、なんか。


売買春の是非を問う議論は、一言で決着がつきます。

「嫌ならやるな」

別に誰も「売春婦になれ」だの「売春婦からサービス受けろ」だの言ってない。
それなのに、否定論者はあらゆる言葉を使ってなんとか言い負かそうとする。馬鹿としか言い様が無いでしょう。

他の人がセックスしてるのを想像すると人格が崩壊するほど怒るような、もろい性的実存にすがってるんですよ。
こういう奴に限って、愛だのなんだのうるさく、そのくせ恋人が他の人とセックスした途端に「愛」が崩壊しちゃう。
だったら初めから愛を語るなよ、と言いたい。

自分の恋人が自分以外の人とセックスとかチューとかするのは我慢できない、と。それはそれでいいよ。勝手にそればいい。
だけど、それで他の人を巻き込んだり、職業差別したり、人格攻撃をするのは間違ってる。
こういう奴は大体チンコちっちゃかったり、ブサイクだったりするんだよな、顔だけじゃなく内面からブサイクなの。
(こういう悪口以上の事をこいつらは「正義」だの「道徳」だの「愛」だのを理由に平気で言い放つんですよ。溶鉱炉に落ちて欲しいです)


よくある発言に「お前の恋人や妹が売春婦になってもいいのか」という形式があります。目にする方も多いでしょう。
これからは、この形式の発言をする者を見たら「あ、こいつ馬鹿だ。さかもとの言ってた馬鹿だ。わーいわーい」と思ってください。
なぜ馬鹿なのか。

なぜなら、身内の職業選択と売買春の是非は関連が無いからです。

例えば、僕の娘が(名前は「いゆに」ちゃん。3さい。いつもにこにこ。パパである僕といつも一緒じゃないと嫌がる甘えんぼさん。という設定でお願いします。好きな食べ物は味のり)「パパぁパパぁ(と言いながら、ちぃちゃいおててで僕のほっぺをむにむにします)、いぅちゃんね(ちぃちゃいから自分の事いゆにって言えないの、かわいいね、さっちゃん)、大きくなったらぁ、看護婦さんになりたぁーい☆」と言ったとします。
にこにこしながら言ったとします。

だけど、パパは(僕の事ね。いいかげん設定を覚えてください。客を興ざめさせないでください。客ってなんだろ?)看護婦さんがすごく大変な仕事である事を知っています。
看護婦にはなって欲しくありません。

と、この場合、パパの「看護婦にならないで欲しい」という発言は、看護婦という職業を否定する事になるでしょうか。看護婦を馬鹿にしてるでしょうか。
なる訳ありません。馬鹿かよ。
身内の職業選択にいくら口出ししてもいいに決まってる。
身近な人がNBAプレーヤーになりたがってたら、無理だから止めるけど、NBAプレーヤーの存在を侮蔑したり否定したりする事にはならない。

いゆにちゃんは、大きくなったら総理大臣になって、馬鹿達を溶鉱炉に突き落とす法律を作ってね☆


それでは、「売買春の是非にまつわる議論」を「ご飯」の比喩で説明しましょう。


あるところに、白いご飯が大好きな人がいました。
この人は、白いご飯が大好きで、他のものは食べ物と認めたくないぐらい、白いご飯が好きです。
納豆かけご飯や、卵かけご飯。おかゆなど、いろいろ食べたりもしますが、基本的に白いご飯です。

この人はチャーハンが大嫌い。
肉だの野菜だの調味料だのごちゃごちゃと入ってて、しかも炒めるなんて、そんな道徳に反する人非人の行いは理解できない、と思っています。

一方、チャーハン好きの人は、白いご飯でも卵かけご飯でも、なんでもいいと思っています。
おいしければいい。
チャーハン以外にも、バナナとかパスタとかあるのに、なぜチャーハンだけ侮辱したり差別したりするのか理解できません。

チャーハン好きからすれば、別に「チャーハン食え」などと言ってる訳ではありませんし、「白いご飯を食う奴は人にあらず」などと言ってません。
チャーハンだって白いご飯からできてる訳ですし。


白いご飯好きからは「チャーハンは金がかかるからダメだ」などと言われたりします。
確かに、チャーハンは様々な具やガス代。フライパンなども用意しなければなりません。
それに、いくら注意しても火を扱ってる以上、火傷を負うリスクも存在します。
なので誰かに食べさせてあげる時はお金をもらったりもしますが、白いご飯だって、米代や炊飯器を動かす為の電気代。水道代などかかっている訳ですから「お金がかかる」うんぬんの批判は、正直おかしいのではないか、と思っています。

「チャーハンを作ったり食べたりする事は魂を傷つける」などと、よくわからない事を言う人もいます。
白いご飯ばっかりの中にチャーハンがちょこっとだけあれば、チャーハンである事が不自然な気になるのは当然の事ですよね。
みんなが「魂を傷つける」と叫べば、言われた人は「魂を傷つける事なんだ」と認識するのは当たり前。
魂を傷つける理由を作ったマッチポンプ構造(マッチで火をつけポンプで消すという和製英語。自分で騒いで自分で収める構造)を、自分とは関係無いような振る舞い方をし、いつまでも魂を傷つけ続ける白いご飯好き達。


お米料理にはもっといろんな種類のものがあるのに、いつまでも白いご飯に固執し続け、しかもそれが美徳とされているのです。
白いご飯が好きならずっと食ってりゃあいい。
なぜ白いご飯以外の食べ方を非難するのかまったくわかりませんよね。


白いご飯をおいしく食べる為にも、チャーハンを批判するのではなく、チャーハンが高くてまずい店はなぜ生まれるのか、チャーハンを強制的に作らされている人はいないかなど、先へと進んだ議論を展開した方がいいのではないでしょうか。
もうチャーハンをこの世から無くす事なんてできないのですから。
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テーマ: セックス - ジャンル: 心と身体

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