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実存浮遊

映画やアイドルなどの文化評論。良い社会になるために必要な事を模索し書き続けます。

「青春リアル」自殺されたと思い込む作法 

NHKの「青春リアル」という番組を見ました。
社会学者宮台真司の弟子である鈴木謙介がメインみたいです。
知り合いを自殺で亡くし後悔 している女性がメンバーに質問を投げかける、という回でした。

「真剣10代しゃべり場」と違い、メンバーのやりとりはネット上の文字のみです。
鈴木謙介もたまに書き込みをする程度らしい。
それを番組が再編集して視聴者が見る。

言わば「2ちゃんねるまとめ」をコメント者の映像付で見るような感じです。

討論から再編集へ。


ユズという20歳の女性がいとこかなんかのお兄ちゃんの自殺について悩んでました。
もっと何かできなかったんじゃないか、と。

映画やマンガでもよくある「リグレットもの」です。
「あの時ああしていれば」と誰もが思う。
別様の選択があったはずだ、と。
でもだからこそ現実を愛せる。
なぜなら「あの時ああした事」によって、救われる人と同時に不幸になる人も出現するからです。
誰かが救われることで別の誰かが不幸になる。
アニメ版「時をかける少女」はこの題材をとてもわかりやすく描いています。
別の選択が何を生むか、については映画「スライディング・ドア」がわかりやすいでしょう。


この「青春リアル」という番組を見てるとイライラします。
「真剣10代しゃべり場」の時のようなイライラです。
NHKはさすがですね。

番組中に誰かも指摘してたと思いますが、ユズは自分を責めてるけど、正当化もしています。
「もっと彼にしてあげられなかったかな?」と問う時点で、自分に非が無いことを打ち出してます。
そんなもん自分にも責任があったに決まってる。
身近な人が自殺してんだ。当然です。
でもその度合いは誰にもわかりません。
100%原因か、0.0001%原因かはわからない。
でも関わっている以上はその人物を構成する一部になっていることは絶対的事実です。

だからユズを「その時はどうしようもなかったんだよ」となぐさめることは無駄です。
同時に「ユズの責任だ」と非難することも無駄です。

ただ、今日接した人物が明日死ぬかも知れない、という想いで人と関わって来なかった現実は、震えるほど痛感すべきです。
自殺したからとかじゃない。
明日記憶喪失になるかも知れないし、明日誘拐されるかも知れない。


なんか、「今後も自分かわいさに大事な場面で人を突き放すのかな。ずっと逃げるのかな」とか言ってましたけど、んな事うじうじ考えてる暇あったら今を大事に生きろ、って思った。
お前が今まさにそうしている陰で、誰かが自殺している。
それはお前の大事な人かも知れないし、今後大事な人になる予定だった人かも知れない。

何が言いたいか。
思考が足りない。
以上。



以上じゃない。
僕が一番言いたいことは他にあります。

ユズの本棚に「GO!GO!モンスター」とか「ヘルタースケルター」とかありましたけど、それ系だから「大事な人の自殺」というテーマにこだわるんじゃないかなぁ、と思った。

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テーマ: TV - ジャンル: テレビ・ラジオ

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