07« 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.»09

実存浮遊

映画やアイドルなどの文化評論。良い社会になるために必要な事を模索し書き続けます。

「藤子・F・不二雄[異色短編集]1 ミノタウロスの皿」より「自分会議」 

■ 「自分会議」からいつが今の自分なのかを探る


「藤子・F・不二雄[異色短編集]1 ミノタウロスの皿」の中の一編「自分会議」は非常に興味深い作品です。

あらすじから書きます。
ネタバレを含むので以下の文章は了承の上おすすみください。



学生がアパートに引っ越すと、幼少期に訪れた記憶がある。
おじさんに連れてこられ、その後大人たちがもめてたという記憶だ。
その争いを見てポロポロ泣いてたが、気付くと家に戻ってた。


引っ越しの片付けをしていると、「9年後のきみだ」と名乗る大人が現れ「過去にしか戻れないタイムマシンを作った」と学生に告げる。
更に来客があり、その人物は「あなたは時価3億円の山林を相続することになりました」と学生に告げる。

未来から来た大人が言うには、9年前の自分は、学生で3億持って人生狂ったので、9年間預かっておく、ということらしかった。

すると「23年後のきみだ」というおじさんが現れる。
23年後には爆発的インフレが起こり、金が紙同然になっている、と。
だから山林を売ってはいけない。

すると「33年後のきみだ」というおじいさんが現れる。
土地がすべて国有化される。だからすぐに現金化し、宝石を買ってわしに預けろ、と告げる。

らちが開かないので幼少の自分を連れてきて意見を聞こう、という話になる。
おびえる幼少の自分は大人たちの言い争いを見て、悲観し、アパートから飛び降りました。
そして部屋は無人となった。


■ 「最良の選択」ってなんだろう


物語をまとめてみます。

・学生時代に3億円持つと人生が狂う
・金を持ってても23年後にはインフレが起こる
・かと言って山林を持ってても土地が国有化される

山林を相続された時点で現金化し、楽しく9年間過ごすか。
学生からの9年間を苦労し、9年後から23年後までの時間を楽しく過ごすか。
学生からの23年間を苦労し、23年後から33年後までの時間を山林の地価で楽しく過ごすか。
学生からの33年間を苦労し、33年後からの老後を楽しく過ごすか。


この物語を見ればわかるように、最良の選択というのは存在しません。
今を楽しむか、今を犠牲にして将来に託すか。
しかもその「将来」を何年後に設定するか曖昧です。
10年後か20年後か30年後か。
どれもが自分だが、どれもが自分ではありません。
それぞれの年代の自分が、「今幸せでありたい」と思っていて、過去を変えようとしています。
つまりは自分を否定し、犠牲にする。

学生からすれば、その後33年間生きた経験が無いので、当然今幸せになりたい。
おじいさんにすれば、33年間生きているので、どのような人生か知っている上でのアドバイスができる。
今の自分と33年後の自分はまったくの別人です。
つまり、「今」をどこに置くかによって戦略が変わります。
今の自分っていつの自分なんだろう。


■ 過去を何回変えれば気が済むんだ


大人になった自分が何人も「今の自分」を説得しにやってくる。
でもこの物語はおかしいですね。
タイムパラドクスものだからしょうがないんですけど。
幼少期の自分がラストで飛び降り自殺をします。
つまり、元々こんな物語自体成立しないことになります。
幼少期で死ぬんだから、学生とかおじさんとかおじいさんになれるはずがありません。

あまりにも多く過去を否定する自分たちが現れたので、自分自身の存在意義を失った、と受け取ればわかりやすいでしょうか。

過去を何度でもやり直せるとして、果たして「今」っていつなんでしょうか。
人生の一回性とはどこを指しているのでしょう。
すべてひっくるめて「一回の人生」とすべきなのか。
繰り返せば繰り返すほど不幸になる、という構図は映画「バタフライ・エフェクト」やアニメ版「時をかける少女」などで描かれています。
どちらも根本を断ち切ることですべてを解決しようとします。
「自分会議」では、子供の自分が飛び降り自殺することですべてが無くなります。

この瞬間。現時点ですべての時間が存在している。
今この瞬間に9年後も23年後も33年後も存在している。
幼少期の自分も今この瞬間に存在している。
なぜだか知らないけど、今現在の目線は学生の頃になっていて、未来から知らないおじさんやおじいさんがやってくる。
なぜ今この瞬間が学生なのか。
なぜ「学生時代から9年後の自分」の目線を持ち得ないのか。

33年後のおじいさんにとって、何度も過去に戻って昔の自分を説得しようとした、という記憶があるんだから、もっと狡猾に振舞うべきだったんじゃないでしょうか。
言わばこの人物は思考が浅かったということです。
もっと頭が良ければ、何度も過去を繰り返せる能力でもっと幸福に生きれたはずです。

時間は一本道。
過去や未来の前後なんて些細なことです。
それをひっくるめてすべてがひとつ。


■ 「今」を生きる でも「今」ってなんだ


「今」を大事に生きるしかない。
でもその「今」っていつのことなんだろう。
「自分会議」を読めばわかるように、学生もおじさんもおじいさんも、みんな「今」を大事にしています。

未来を予測して行動しているとしても、それはその「今」を大事にしていることになります。

どんなに「今」を大事にしても不幸が巡ってくる。
現在の我々には過去に戻る能力がありません。
だから「この一回性」を生きるしかありません。
もし失敗しても過去をやり直すことができない。
だから現在を修正するしかない。

「今」は「今」しかありません。
今この現在を、現在の自分が今体験できているという奇跡を打ち震えよ。

スポンサーサイト

テーマ: 哲学/倫理学 - ジャンル: 学問・文化・芸術

この記事に対するコメント

何かぐっと来ました。

この物語は、時間そして「今」という瞬間の重要さを現している気がします。
何か、未来の技術を楽しむドラえもんと随分真逆の話にも見えます。
正直自分としては、未来を知り過ぎてしまっては楽しくないと思いますし、改めて「今」という時がどれだけ大切なものかを教えてもらった気がします。
そういう意味では、この物語にはお礼を言いたいと思います。

URL | #-

2013/02/28 01:14 * 編集 *

Re: 何かぐっと来ました。

コメントありがとうございます!

「自分会議」はかなり哲学的な問題をはらんでいます。

「自分」は一体どこの自分を指しているのか。
「今」とは一体いつのことを指しているのか。
そして「幸せ」とは一体誰がいつ決められるのか。

この主人公は幼少期に知らない大人(未来の自分)に連れられてわけのわからない話に巻き込まれたと記憶していました。
つまりその時は自殺を選ばなかった。

何かのきっかけでこの幼児は自殺を選ぶことになりました。

それがなんなのか考えるだけでも思考が深まりますね。

今後50年のすべてを知れたら、いったいいつを「幸せな自分」と置くべきなんでしょうね。
思い出にすがるしかできない我々にとってとても重要な問題です。

URL | さかもと #-

2013/02/28 21:48 * 編集 *

△top

コメントの投稿

Secret

△top

トラックバック

トラックバックURL
→http://jitsuzonfuyu.blog111.fc2.com/tb.php/403-106bf784
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

△top