07« 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.»09

実存浮遊

映画やアイドルなどの文化評論。良い社会になるために必要な事を模索し書き続けます。

ダブルの悲劇 

ダブルバインドという心理学用語があります。
単純に訳すと「二重拘束」ですね。

例えば、子が親から「自由になんでもしなさい」と言われたとします。
ところが、自由にいろいろしていると親から「それをしてはいけません」と怒鳴られた。

子は、自由にしていいのか、自由にしてはいけないのかわからなくなります。
どちらの行動を取っても注意される。
二重の意味で拘束される、ということですね。


馬鹿を相手にするとこのような事態が起こる。
松沢呉一さんが言うダブルスタンダードも似たようなもの。
こちらは「二重基準」ということです。
あるルールに従って行動してたのに、別の場面ではそのルールを適用しない、というようなものです。
「職業に貴賎なし」と言ってた人が、性的サービス提供者には「そんな仕事しててはいけない」とほざいたり。


簡単に言うと矛盾が生じます。
矛盾自体は別に悪いことではない。
物事はいろいろ矛盾して成立してます。
それか無思考。

でもリベラリズムの考え方だと、「相手の自由を奪う自由」は許されません。
ダブルバインドによる弱者の拘束も、ダブルスタンダードによる的外れな批判も唾棄すべきものだと思っています。


まぁ早い話が、「どっちかはっきりしろぃ!!」ってなことですね。

自分が言ってることとやってることに一貫性があるかしっかり考えた方がいいですね。
スポンサーサイト

テーマ: モノの見方、考え方。 - ジャンル: 心と身体

馬鹿と言う構え  /  tb: 0  /  cm: 0  /  △top

この記事に対するコメント

△top

コメントの投稿

Secret

△top

トラックバック

トラックバックURL
→http://jitsuzonfuyu.blog111.fc2.com/tb.php/474-4506535f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

△top