09« 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.»11

実存浮遊

映画やアイドルなどの文化評論。良い社会になるために必要な事を模索し書き続けます。

映画「インセプション」に不確かさを植え付けられる 

■ 映画「インセプション」から夢と現実の判別不可能性を受け取り地面が揺らぐ


クリストファー・ノーラン監督の最新作「インセプション」を観ました。
「メメント」の衝撃が忘れられない僕は、いよいよこの時が来たか、という想いでした。

「メメント」では記憶が不確かであることを描いた。
「プレステージ」では自己が不確かであることを描いた。
「インセプション」では、夢と現実が不確かであるという王道に挑戦している。
否が応にも期待は高まります。


以下ネタバレを含む内容なので、まだ観てない方は了承の上お進みください。
映画「メメント」の内容にも触れるので、「メメント」を観たことない方もネタバレを了承した上でお進みください。



■ 「インセプション」の設定とキーアイテム

レオナルド・ディカプリオが演じる主人公コブは、人の夢に潜り込むことでアイディアを盗む企業スパイ。

渡辺謙演じるサイトーの夢に侵入し、「夢の中の夢」というトラップを貼るも見破られ失敗する。
だがサイトーに腕を見込まれ、サイトーのライバル企業を失墜させるために引き抜かれる。

その方法とは、アイディアを盗むことではなく、社長の息子に会社を崩壊させるように記憶を植え付けることだった。
「インセプション」とは「植え付ける」という意味。


夢であることが気付かれると任務は失敗。
さらに、夢の第1層に植え付けても行動に影響を及ぼせないため、「夢の中の夢の中の夢」という第3層まで潜り込まなければならない。

コブの相棒アーサー。夢の世界の建物などを構築する「設計士」のアリアドネ。ターゲットの近しい人物になりすます「偽装師」のイームス。鎮静剤を作る「調合師」のユスフ。それにサイトーを加え、6人のチームで社長の息子ロバートの夢に潜り込む。

だがロバートは潜在意識の防衛訓練を受けており、コブ達は痛手を受ける。


通常は夢の中で死ぬと現実に引き戻される。
だが、調合師により深い睡眠に入っているため、現実で目を覚ますことは無く、「虚無」に飛ばされてしまう。
「虚無」とは夢であることに永遠に気付けない場所で、現実に戻ることが極めて困難な場所。

実は主人公コブも、妻のモルと虚無に落ちたことがあった。
虚無から現実に戻るためには、虚無の中で死ぬしかない。

だが妻のモルは「虚無」であることを受け入れない。
そこでコブは妻に「インセプション」する。
「今この世界で自殺する」と。

「虚無」の世界で心中したコブとモルは現実に戻ることができた。
だが「今この世界で自殺する」という考えを植え付けられているモルは、今この世界で死を選び、幸福だった本当の現実の世界を目指す。

目の前で妻を失ったコブは、妻殺しの容疑で警察に追われる身となった。

我が子に会いたくても会えないコブは、サイトーの依頼を受ける代わりに犯罪歴を抹消してもらう約束をしたのだ。


「虚無」の世界に落ちるとなかなか現実に戻れない。
夢の中では時間の感覚が長くなる。
夢の中で1日過ごしてると思っても、実際は数時間、という具合に。
「インセプション」のおもしろい設定は、夢の層が深ければ深いほど、時間の流れが長くなる、というものです。
だから深い層の「虚無」の数十年が、現実の1秒ぐらいになります。
数十年も経過しなければ現実に戻れない。

社長の息子ロバートに潜入し、すぐに撃たれてしまったサイトーが死ぬ(虚無に落ちる)前に任務を達成し現実に戻らなければならない、というドキドキ感も、観客を引き付けます。


夢と現実の区別はどうつけるのか。
コブはトーテムと呼ばれる区別アイテムを持っています。
コブの場合は独楽で、コマが回り続けると夢で倒れると現実。

これが大事なアイテムになっています。


■ 死ねば現実に戻れるという考えと、虚無こそが幸福という思想

映画「メメント」はおもしろい構成になっている。
それはラストシーンから時間がさかのぼり、映画のラストが物語の最初のシーンになっている、というもの。
10分間しか新しい記憶が持たない主人公と、映画の構成がマッチしている。

「インセプション」では映画の特徴をうまく設定に盛り込んでいます。
それは、「夢はいつから夢かわからない」というものです。
映画にはカットが存在する。
2時間の映画は、2時間主人公を撮影し続けてるわけではありません。
移動してるとこを見せなかったり、夜寝ているとこは見せなかったりする。

「インセプション」は映画の約束事をうまく利用している。
すなわち、「夢はいつから夢かわからない」というもの。
「いつ移動したかわからない」というものです。
我々は無意識に映画を見ます。
大学に居たシーンから喫茶店に居るシーンに急に変わったとしても違和感を覚えない。
「映画とはそういうものだ」と思って見てます。
でも「インセプション」では、「これこそが夢と現実の違いだ」と説く。

結論から言うと、「全部夢」というのが僕の見方です。

幸福なラストと、モルが暮らしていた幸福な虚無の世界の対比も、「すべてが夢だった」という考えを強めます。


コマが回り続けたら夢で、倒れたら現実。
映画の中でこの設定を強く観客に与える。
そしてラスト、やっと我が子に会えたコブ。
夢の中に登場する我が子は顔だけが見えない。
だがやっと会えた我が子は、ちゃんと笑顔でこちら側に振り向く。
ここで我々は無自覚に、これこそが現実だ、と思い込む。
でもコブはテーブルの上でコマを回す。
コマが少しぐらついたところで物語は終了する。

一体どこまでが夢でどこまでが現実なのか。
映画を見終わった我々は視界がぐらつく。
果たして目の前の世界は夢なのか現実なのか。
そして我々にはある答えが提示される。
「死んで現実に戻る」か「夢であろうとも幸福な虚無の世界を生き抜くか」だ。

映画を見てれば答えは明らかだろう。
夢か現実かは永久に判別が不可能だ。
判別アイテムであるトーテムを使って夢と現実を区別するとしても、その設定自体が夢である可能性は残る。


夢か現実かは判別できない。
この世界で数十年過ごしたあとでようやく現実に戻れるかも知れない。
夢の中で死に「虚無」に落ちたサイトーは、老人になった頃に現実(と思われる世界)に戻ってこれた。
40年ほど経過してたはずが、戻ったら数時間しか経過してなかった。


数十年過ごして現実に戻り、再び数十年過ごすとしたら、精神状態はどうなるんでしょうね。
現実に戻った時点で80歳まで生きた経験がすでにあるわけですよね。
そこから80歳まで生きる。
しかもその現実は、実は夢かも知れない。

僕たちはこの無間地獄を生きられるだろうか。


■ クリストファー・ノーラン監督から「不確かさ」を植え付けられる

クリストファー・ノーラン監督の映画に共通するものと言えば「不確かさ」です。
「メメント」では記憶の不確かさを問う。
「プレステージ」では自己の不確かさを問う。
「ダークナイト」では善悪の不確かさを問う。
「インセプション」では現実の不確かさを問う。

この世は曖昧だ。
「確かなものなどない」ということだけが確かなのか。

僕の好きな故事「胡蝶の夢」では夢と現実の区別がつかないことを説く。
「インセプション」でも一緒だ。
もっと衝撃度が欲しかった。

この映画を見ると今見ている現実が揺らぐ。
でもそんなことは「胡蝶の夢」を知ればわかること。
この世が崩壊するほどの衝撃を受けたかった。

今後の監督の作品に期待します。
スポンサーサイト

テーマ: 映画レビュー - ジャンル: 映画

この記事に対するコメント

インセプションについて

こんばんは。hychk126です。

非常に良く考えられていたと思いますが、
やっぱり、「この程度じゃダメだろう」...
という感じでしょうか。

ノーラン監督自身が上げたハードルのせいもありますが、
地面が揺らぐまでには至りませんでした。

URL | hychk126 #tHX44QXM

2010/09/08 21:25 * 編集 *

Re: インセプションについて

hychk126さんへ

コメントありがとうございます。
トラックバックもありがとうございます。
FC2ブログでどうやってトラックバックするのか全然方法がわかりません。


> 非常に良く考えられていたと思いますが、
> やっぱり、「この程度じゃダメだろう」...
> という感じでしょうか。
>
> ノーラン監督自身が上げたハードルのせいもありますが、
> 地面が揺らぐまでには至りませんでした。


クリストファー・ノーランの名前でかなり敷居が高くなっちゃいますね。
「胡蝶の夢」がある以上は、「夢か現実かわからない」というのは受け入れやすいですよね。

映像としてのすごさ、おもしろさはありました。
2時間近く引き付ける力もすごいですし。
でも映画監督としてのうまさよりも、やっぱり衝撃度を求めちゃいます。

今後ますます興味がわく監督であることは間違いないですけど。

でもこれで「メメント2」とかやられたら泣きますが。

URL | さかもと #tHX44QXM

2010/09/09 03:01 * 編集 *

△top

コメントの投稿

Secret

△top

トラックバック

トラックバックURL
→http://jitsuzonfuyu.blog111.fc2.com/tb.php/565-305c2ef2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

逃げも隠れもしなかったC.ノーラン監督を歓迎 『インセプション』

いわゆる「夢オチ」であることがタネ証しされずとも、そもそも映画が物語に対して何かを保障してくれるわけではない、という悪夢のような話について、ずいぶん古い投稿ですが以前こちらで触れたことがあります。(関連記事:「カメラの立脚点を問う 【前編】」) 記憶、...

L'ATALANTE

2010/09/08 21:20

△top