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実存浮遊

映画やアイドルなどの文化評論。良い社会になるために必要な事を模索し書き続けます。

映画『カラフル』の自殺抑止効果 

■ 映画『カラフル』の想像可能な絶望は自殺抑止になるか考える


原恵一監督のアニメ映画『カラフル』を見ました。
『河童のクゥと夏休み』やクレヨンしんちゃんシリーズで監督を努めたそうです。

評判が良かったので見に行ってみました。
以下ネタバレを含むので了承の上お進みください。



■ 崩れ落ちる中学生の許容量

死んで魂となった主人公の視点から物語は始まる。
目の前にプラプラと名乗る子供がやってきて「あなたは選ばれました。他人の人生の続きを生き、死ぬ前に犯した罪を乗り越える修行をしてください」と告げられる。

そこで主人公は、自殺から奇跡的に復活した体で、小林真という中学3年生になり数ヶ月を過ごすことになる。
生きている時の記憶を失っている主人公は、小林真を演じるが、この少年を取り巻くいびつさに気付く。

平凡で何もない父。
フラメンコ教室の先生と不倫していた母。
受験勉強ばかりで会話が無い兄。
好意を寄せている娘は援助交際をしている。

学校ではいじめられていたようだ。

別人となり態度に異変があることで、周囲の反応も変わってくる。

小林真は美術部に在籍していて、絵がうまい。
同じ美術部で、緊張しがちな少女佐野唱子(声:宮崎あおい)だけが敏感に小林真本人ではないかもしれないと感じている。

やがて主人公は友達もでき、小林真として必死に生きる。

そしてついに期限が来る。
主人公はどんな大罪を犯したのか。
やっと過去を思い出せた。

主人公は自殺した小林真自身だった。
自分自身を殺したが、再び生きていけるかを試されていたのだった。


■ 自殺を止めるためには、自殺志願者よりも深い絶望に居た人でなければならない

僕の感想から先に書くと、期待はずれでした。
もっと大きな感動を期待していた。

キーワードは「中学生」「美術部」「記憶喪失」

確かに中学生にとっては、親の不倫も好きな子の援助交際もいじめも、つらい。
そこは了解できる。

でも美術部で絵がうまい小林真は、もっと敏感で世界の深さを知っているように見える。
少なくとも大人の観客は、自分と同程度には絶望しているだろうと感情移入する。
つまり、いじめ、不倫、援助交際ごときでは自殺しないだろうと思ってます。
本当はもっと深い絶望を経験し、自殺を選んだのだろう、と。
そこから友達ができ、コンビニの肉まんを半分にして分けることで生きることを決意した主人公に共感する。
ささいなことで生の濃密さを獲得できることに感情移入する。


でも実際は、単純にいじめられ続け、同じ日に好きな子の援助交際と母の不倫を見たから自殺しただけだった。
美術部で敏感に世界の深さを知っている(ゆえに絶望の深さも知っている)はずの主人公は、結局はただの中学生だった。

ただの中学生が友達できて生きることを選択するのは物語にならない。
普通だし、わざわざ映画にしなくていいよ、と思う。

でも、深い絶望の果てに自殺したにも関わらず、友達と肉まんを分けて食べた程度で生きようとすると、話は違ってきます。

振り幅が大きく、かつ、「確かにそんなもんだ」と観客に思わせやすい。
「確かに自殺してもおかしくないほど絶望している。だけどアイスがおいしかった程度で、ちっちゃい女の子が楽しそうに公園で遊んでいるのを眺めた程度で、友達とくだらないことで笑いあった程度で、この世界は素晴らしいと思える」
こうして主人公に強く感情移入できます。

でも『カラフル』ではそれがありません。
振幅が浅いので感動も浅い。


さらに、記憶が無いという設定も、もっと活かせれば良かった気がします。


■ 記憶を失うことで多くのものを得る

小林真は自殺する前の記憶が無い。
どんな性格だったのか、どんな人間関係を構築していたのか、わからないまま中学生活を送ります。

自殺をきっかけが周囲が激変していることに気付けない。
観客は小林真と一緒に、自殺前の環境を知ります。

自殺後奇跡的に一命をとりとめた小林真に対し、父はできるだけ早く仕事から帰るようにし、母は毎日手作り料理にするようになり、兄は塾に行く前に必ず家族全員で食事をするようにした。

ただ主人公だけが家族の歪さに嫌悪感を抱いてただけだった。
主人公以上に家族は主人公のことを考えていた。

記憶を失ったことで当たり前に見えていただけだったが、実は環境は大きく変わっていたのだった。


世界に絶望し、敏感にすべての不幸を抱え込んでいるように見えた主人公は、ただの中学生だった。
家族の好意にも気付かない、ただの子供だ。


でも見ていてそこが残念に思う。
自殺を決意するほどの理由が欲しい。
たとえそれが「自殺するほどの理由じゃない。手にしょう油がはねた程度の理由で自殺した」というのであっても、観客の想像を超えた理由ならありだ。

「最高の絵が描けたから自殺」でもいい。

ただの中学生のお話を見ても楽しくない。

そして、この物語程度で自殺をやめる人がいたとしたら、それはこの映画じゃなくても普段の生活でいくらでも自殺をやめられる人だ。


映画は理解可能じゃいけない。
理解不能だけど理解できるものでなければ。
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テーマ: 映画レビュー - ジャンル: 映画

この記事に対するコメント

はじめてコメントさせていただきます。自殺抑止の効果について論じられていますが、そもそもこの映画に自殺を抑止する意図があったのか疑問です。記憶をなくした状態で生き返るという設定自体が現実的ではないからです。むしろこの映画は、他者としての真が自身の過去や周囲の環境、自身を含めた「罪」や「穢れ」を受け入れ、赦すという、「赦し」の物語なのだと思います。

URL | ユクシ #czZpYi9o

2015/07/26 14:45 * 編集 *

ユクシさんへ

コメントありがとうございます。


> はじめてコメントさせていただきます。自殺抑止の効果について論じられていますが、そもそもこの映画に自殺を抑止する意図があったのか疑問です。記憶をなくした状態で生き返るという設定自体が現実的ではないからです。むしろこの映画は、他者としての真が自身の過去や周囲の環境、自身を含めた「罪」や「穢れ」を受け入れ、赦すという、「赦し」の物語なのだと思います。


確かに自殺抑止をメインとして作られていないように感じられました。
ですが自殺をテーマに物語を作る場合、必ず見た人は「自殺はしない方が良い」と「自殺してもしょうがない」のどちらかの感想を抱かせることになります。
その点でこの映画は「自殺しないほうが良い」と思わせる力が弱いな、と感じました。

赦しの物語というのはおっしゃる通りだと思います。

URL | さかもと #-

2015/07/26 15:17 * 編集 *

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