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実存浮遊

映画やアイドルなどの文化評論。良い社会になるために必要な事を模索し書き続けます。

核ミサイルを押す覚悟はあるか 

車のブレーキが壊れてんのに、「制限速度を守れ」などと法律を持ち出して批判する奴はバカだ。

以前の日記で僕はこのような例え話をしました。


このまま行くと、この壊れた車(日本)に乗っている人たち(国民)は事故で死んでしまう。

それなのにバカな国民は、「シートベルトをしないとは何事か」とか「制限速度も守れないような奴に国を任せられない」とか「なぜもっと早くブレーキが壊れてることに気付かなかったのか」などとのんきにほざいてます。

バカですね。
自分が死ぬと思ってないんでしょう。


民主党を批判する人。
管総理総理を批判する人。
小沢一郎を批判する人。
大抵の人たちはこのバカさに陥ってます。



大澤真幸と宮台真司の共著『「正義」について論じます』にわかりやすい思考実験が載っていた。


2つの核所有国があるとする。
A国がB国に向けて核ミサイルを発射する、という情報がB国に届いた。
B国はその情報が正しいかどうかを判断しなければならない。
なぜなら確証が無いまま核ミサイルを撃ち返せば、B国の法律に反する。
国民から叩かれることは目に見えている。

数分後。A国が実際に核ミサイルを発射した、という確かな情報が届き、B国はA国に向けて核ミサイルを撃った。

そしてA国もB国も何十万人の国民を失った。


この思考実験は、「法律とは誰のためにあるのか」ということを教えてくれます。

確かに法律を守るのは大事だ。
でも法律を守ることで、法律を守るべき場所や人々が失われてしまっては、まったく意味がありません。

法律を守ることで法律すら守れなくなる、という逆説に自覚的であり、さらに、多くの批判を受ける覚悟がなければならない。
宮台真司はこう説きます。


核ミサイルが発射されるという情報が嘘か本当かを判断する時間は無い。
自国の民を守るためには、ためらわずに核ミサイルを発射するしかない。
後でそれが誤情報だったとしたら、自国民に徹底的に非難される。
それを覚悟で決断しなければならない。



日本人の民度は低い。
これらを踏まえて政治家を選べない。

マニフェストが守られてるかどうかなど、表面上でしか物事を判断できない。

確かに、公約は守らなければなりません。
そうじゃないと、国民は公約で政党を判断できなくなります。
疑心暗鬼は負の連鎖になる。

なんだけど、我々の願いは幸せになることです。
そのひとつの手段として、政党をマニフェストで選ぶ。

マニフェストを実行してもらうことが目的ではなく、我々が幸せに暮らせるようにしてもらうことの方が上位の目的です。


長々と書いてきました。
要約します。

とにかく幸せになれりゃあ何だっていいんだよ、って話です。


何が大事で何が大事じゃないか。
何が緊急で何が後回しでいいか。
しっかり判断しましょうよ。

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テーマ: 哲学/倫理学 - ジャンル: 学問・文化・芸術

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