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実存浮遊

映画やアイドルなどの文化評論。良い社会になるために必要な事を模索し書き続けます。

死ぬのがこわくなくなる話の限界 

渡辺浩弍がツイッター上で「死ぬのがこわくなくなる話」というのを展開している。


天国や地獄や霊魂など存在しない、という導入部。

どうやら哲学の「独我論」や、仏教の「空」という概念を絡めていくみたいだ。


まだ2日目なので、今後どのように発展していくのかわからないが、現時点ではがっかりだ。


なぜなら「独我論」も「空」も、現在の僕の読書体験にあるものだからだ。


もっと別の地点からアプローチして欲しい。


そもそも僕は「死」というのに恐怖感が無い。
「死んだらすべて失ってしまう。それがすごく怖い」という感覚が理解できない。

「死ぬ前に何か残したい」とかもよくわからない。

今この瞬間が素晴らしい。
過去はすでに変えられず、未来も今この瞬間では何もできない。

人は今この瞬間にしか存在していないのだ。

何を死について恐ることがあろうか。

ある哲学者が「人は死を体験しない」と言っていた。

そう。
つまり人は「死なない」。
死なない以上、死を恐る必要はない。

でも多くの人は、死ぬ人を見てきてるので、その人と自分とを重ねて見てしまう。



わかりやすく例えるなら遠足はどうか。

明日は遠足だ。
公園に行ってさとし君とキャッチボールをして遊ぶ。
さっちゃんをお昼ご飯を一緒に食べるように誘ってみよう。
明日のおやつをこれから買いに行こう。何食べようかな。


これが「死」だ。
体験してないのに、想像の中でいろいろ体験している。

そのようになるはずがない。
さとし君のほかにだいすけ君が加わるかも知れず、さっちゃんの他にともこちゃんも加わるかも知れず、買ったおやつを食べずに他の友達からもらったおかしでおなかいっぱいになるかも知れない。


つまり、人は「死」の想像だけしかできず、しかもそれに対して震えているのだ。

よくわからない。



話を戻す。


渡辺浩弍の今後の展開が、僕の範囲内であることが残念でならない。

ぜひとも僕を破壊するほどの展開をして欲しい。

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テーマ: 哲学/倫理学 - ジャンル: 学問・文化・芸術

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