07« 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.»09

実存浮遊

映画やアイドルなどの文化評論。良い社会になるために必要な事を模索し書き続けます。

島田紳助と暴力団批判について 

島田紳助がどうなろうと知ったこっちゃねぇが、暴力団がいけないものと捉えてるままでは何も問題は解決しない。


暴力団が存在するということは、暴力団を必要とする者たちが存在するということだ。


例えば「車」。

自動車事故は後を絶たず、いつまでも人を殺し続けるでしょう。
でも自動車を必要とする者も今後ずっと存在し続ける。
なので車は無くなりません。


暴力団も同じです。

必要とする人がいるからいつまでも無くならない。


「車」の利点は何か。
わかりやすいのは移動手段ですよね。
他にも所有することがステータスになる、という90年代的な考え方もあるでしょうけど、今回は単純に考えるために「移動手段」でいきます。

「車」を無くすためには、移動手段を新たに提供するしかない。

事故が無く、個人で所有でき、維持費も大してかからず、高速で移動できる物が作られれば「車」は存在しなくてもよくなります。


暴力団はどうか。

暴力団を必要とする人は誰でしょう。

それは警察に頼れない人でトラブルを抱えてる人です。
すなわち、現状の法規制では対応してもらえない人ですね。


警察に対応してもらえない。
警察に通報すると自分が不利になる。
法律では刑罰が軽すぎると感じる。

様々な理由で暴力団を利用するだろう。


つまり、警察や法律が変わらない限りは暴力団は存在し続けるということだ。


暴力団を無くそうとがんばってる人がいる。

暴力団に対し、「いなくなれ」と叫んだところで何も解決しない。

こういう人たちは社会がどういう風に成り立ってるのか何も見えていないのだろう。

スポンサーサイト

テーマ: 文明・文化&思想 - ジャンル: 学問・文化・芸術

精緻な叡智  /  tb: 0  /  cm: 0  /  △top

この記事に対するコメント

△top

コメントの投稿

Secret

△top

トラックバック

トラックバックURL
→http://jitsuzonfuyu.blog111.fc2.com/tb.php/891-1727733d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

△top