09« 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.»11

実存浮遊

映画やアイドルなどの文化評論。良い社会になるために必要な事を模索し書き続けます。

『Vフォー・ヴェンデッタ』と『シャッフル』 

『Vフォー・ヴェンデッタ』と『シャッフル』を見ました。

『Vフォー・ヴェンデッタ』は仮面の革命家Vとナタリー・ポートマンが演じるイヴィーの出会いから1年間の記録。

ガイ・フォークスの仮面をつけ「V」と名乗る男に助けられたイヴィー。

「イヴィー」というヴィが入った名前からか興味を持つVは、革命の狼煙をイヴィーに見せる。


「11月5日を忘れるな」

一年後の11月5日に革命を起こすことを告げ、潜伏しながら暗殺を繰り返すV。
イヴィーは革命家Vの仲間と認識され追われる。


捕まったイヴィーは牢屋でかつての志士の遺言のような手記を見つける。
同性愛の罪で投獄された女性の手記を読み、反政府を誓うイヴィー。


Vは遺志をイヴィーに託し、国会議事堂爆破と共に散る。



『Vフォー・ヴェンデッタ』はとても良い映画でした。
イヴィーの翻身(オルタネーション)、群集の感染がわかりやすく描かれています。


イヴィーはVに丸坊主にされ、革命の志士に翻身する。
この「髪を切る」というのは翻身のわかりやすいイメージとして映画的記号と言えるでしょう。
有名なのは『タクシードライバー』のロバート・デ・ニーロです。


群集が配達されたガイ・フォークスの仮面をかぶりひとりの少女が警官に射殺されたことから暴動を起こす流れが素晴らしいです。

Vの仮面をかぶり、誰が誰だかわからなくなる群集。
Vのすごさに感染し、Vの仮面をつけることでVと同じ思考や動作を獲得する。
その後国会議事堂が爆発し、花火を見上げ仮面を外す群衆が感動的だ。

群集が革命の徒の遺志を引き継いだと思わせる感動的なシーンです。

脱人称から新たな自己を獲得する場面。


このように、この映画にはわかりやすい描写が挿入されます。
見てる人が理論ではなく感覚で物語を受け入れられる構造です。


あと『レオン』のパロディシーンもあるんですね。

ナタリー・ポートマンがロリータの格好をして家の玄関の前で早く開けて欲しいとつぶやくシーンは、『レオン』でも似たシーンがあります。


ずっと気になってて見てなかったんだけど、テレビで放送して見れて良かったです。



『シャッフル』はサンドラ・ブロック主演。

突然旦那の交通事故死を聞かされる奥さん役にサンドラ・ブロック。

次の日起きると死んだはずの旦那が朝食を摂っている。
混乱するサンドラ・ブロック。

どうやら曜日が前後しているようだ。

旦那が死ぬ曜日を確定し、理由も探り、いざ当日、彼女は旦那を救えるのか。


結論から言うと、彼女は救えません。
彼女にとって曜日が前後していようが、世界にとっては月曜日のあとが火曜日という具合に、当たり前に進行していく。
当然水曜日に死んだ旦那は、当たり前のように木曜日にも死んでるのだ。

この決定論丸出しの感じ。

確かにそうなんだけど、映画なんだからもっと違うオチもあったんじゃないかな、と思った。

まぁ見ても見なくてもいいような映画でした。

スポンサーサイト

テーマ: 映画感想 - ジャンル: 映画

この記事に対するコメント

△top

コメントの投稿

Secret

△top

トラックバック

トラックバックURL
→http://jitsuzonfuyu.blog111.fc2.com/tb.php/927-aac1c0c4
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

△top