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実存浮遊

映画やアイドルなどの文化評論。良い社会になるために必要な事を模索し書き続けます。

映画『スリー・ビルボード』と「風が吹けば桶屋が儲かる」 



映画『スリー・ビルボード』(原題 Three Billboards Outside Ebbing, Missouri)は今見るべき作品だ。
『スリー・ビルボード』公式サイト

あらすじはこうだ。
娘をレイプされ焼き殺された母親ミルドレッド。
7ヶ月経っても捜査が進展しないことに苛立っている。
差別主義者の警官は黒人への暴力で憂さ晴らしをしており、ミルドレッドはしびれを切らしある行動に出る。
レイプ現場の近くに建っている3枚の看板にメッセージ広告を出したのだ。

1枚目「娘はレイプされて焼き殺された」
2枚目「未だに犯人が捕まらない」
3枚目「どうして、ウィロビー署長?」

警察署長批判とも取れる広告に警官や町民達が騒ぎ始める。


これだけ読むと、「復讐に燃える母親が犯人を逮捕するまでの物語」だと思うだろう。
だがこの映画は誰も予想できない結末を迎える。

キーワードは「世の摂理は人知を超える」


以下の文はネタバレを含む。



■ アメリカ批判

この映画は復讐劇の皮をかぶったアメリカ批判映画だ。

黒人を虐待する白人警官。
レイプ犯の兵士を逮捕できない体質。
男児を犯す神父と、それを断罪しないキリスト教。
DVやレイプに虐げられる女性達。

展開が目まぐるしく移り変わっていくのは、それだけアメリカには批判すべき悪習がこびり付いているからだ。


ミルドレッドは広告を取りやめるように諭す神父に向かって言い放つ。
「80年代、ストリートギャングの抗争が激化し、これらを取り締まる法律が作られた。ギャングの一員であるならば、例えそいつが寝てたとしても、別のギャングの犯罪により逮捕することができる。神父も一緒だ。例え2階で寝てたとしても、1階で男児を犯す神父が居たら同罪だ。男児へのレイプを見て見ぬ振りする神父にとやかく言われたくない」(意訳)

ミルドレッドはキリスト教ごときでは救われない。
娘がレイプされ、焼き殺された。ただ犯人を捕まえることだけが生きる意味だ。

なぜそこまで、と思ってしまうがある理由が判明する。


■ リグレット


ミルドレッドは娘と口論になる。
車を貸してと頼む娘に「マリファナ吸って運転するような子には貸せない」と断ったのだ。
「歩いていけばいい」という母親に「歩いて行ってやる!途中でレイプされても知らないから!」と反抗する娘。
ミルドレッドはそれに「レイプされればいい!」と突き放すのだ。

そして娘は実際にレイプされ、さらには焼き殺されてしまう。

しかも、若い女と暮らしている元夫から「殺される1週間前に娘はオレと暮らしたがっていた」と告げられる。
あの時「レイプされればいい」など言わなければ良かった。もし元夫の所で生活していればレイプされなかったのに。
これら後悔から、自分の罰を剥ぎ取りたい一心で復讐に向かっているように映る。


ウィロビー署長にも後悔があった。
それはレイプ犯をいまだに捕まえられていないことだ。

癌により余命わずかな署長は、ミルドレッドの広告を批判し、病状を伝え取りやめるようお願いする。
だが署長の死期を知りながらもあえて名指しで広告を出したミルドレッドに、署長は翻心する。
ミルドレッドへ匿名で広告料の寄付をし、ミルドレッドのやり方を彼女への手紙の中で賞賛したのだ。

そのような人物であったことに気付いたミルドレッドは、後悔の果てにさらに復讐心をたぎらせる。


3枚のロードサイドの看板広告と、みんなに愛された署長の死により、物語はさらに予測不能な展開になる。
先ほど書いたように、この映画はアメリカ批判が詰め込まれている。
そして、さらに大きなものが描かれている。
この映画は世界の縮図だ。


■ 世の摂理は人知を超える


この映画は展開が読めない。
次から次へと因果が巡っていく。
そして、その因果律は人々の目には見えない。
世の摂理は人知を超える。

「風が吹けば桶屋が儲かる」
だが誰も桶屋が儲かった原因を知ることなどできない。

「人間万事塞翁が馬」
馬のせいで、あるいは馬のおかげで様々な吉凶が起こるが、吉と出るか凶と出るか、そしてその禍福がいつまで巡り続けるのかは誰にもわからない。

この作品はそのような映画だ。


マリファナをやる娘を叱る。
娘がレイプ犯に殺される。
母親が広告を出す。
署長が自殺する。
悪徳警官ディクソンが広告会社の代表に暴行する。
3枚の看板が燃やされる。
ミルドレッドが警察署を燃やす。
偶然そこにいたディクソンが大やけどを負う。
署長からの手紙によりディクソンが正義に目覚める。
偶然レイプ犯に遭遇する。


普通の映画のように、ある結末に向けて順序よく物事が起こらない。
何かのきっかけで悪いことが起こったりほんの少し良いことが起こったりする。
でもそのおかげで、あるいはそのせいでまた良いことや悪いことが舞い込んでくる。

世界は操縦できない。翻弄されるだけだ。
ただ、この映画が優しいのはラストを見れば十分伝わってくる

娘を殺した犯人だと思われた男はDNA判定により別人とされた。
だがどこかで誰かを焼きながらレイプした事には間違いない。
そこでディクソンはミルドレッドに「殺しに行かないか?」と提案する。

レイプ犯のもとへ向かう道中、「警察署に火をつけたのは私だ」と告白するミルドレッドに「あんた以外誰がいる」と、ディクソンはすでに受け止めていたことがわかる。
この優しさは、半殺しにした広告会社の代表レッドから大やけどの入院中にされた行動に依るだろう。
顔まで包帯で覆われたディクソンに誰とも分からず優しくするレッドは、ディクソンであると分かり動揺し罵るが、それでも優しくしたのだ。

何かのきっかけのせいで悪い結果を呼ぶが、そのきっかけは誰のせいでもない。
この映画で一番悪いのはミルドレッドの娘をレイプし殺した犯人であることに間違い無い。
でもこの映画が癒し映画なのは、突き詰めるとすべての物事は誰のせいでもない、ということがわかるからだ。

世の摂理は人知を超える。

すべての物事は、時間を超えて、距離を超えてやってくる。
そして、これからの我々の行いも、時間を超えて、距離を超えて誰かのもとに届く。
それがその人にとって良いことになるのか悪いことになるのかは知るすべが無い。
だから、隣にいる敵も許し合えるはずだ。
ミルドレッドとディクソンのように。


素晴らしい映画でした。


有安杏果はなぜ卒業したのか 


ももクロから有安杏果さんが卒業し、その後メンバーの発言や雑誌での特集などを読みましたが、いまだに心のもやもやが晴れません。

『有安杏果さん、貴方を嫌いになりました。』と宣言した方はすごいです。
(参照記事)

有安杏果さんを嫌いになる気はさらさらありませんが、運営についての不信感は絶えず抱き続けてきたので、「なぜ運営ではなく杏果ちゃんを嫌いになれるんだろう」と不思議な想いです。

BUBKA 2018年3月号で川上マネージャーは質問者から「(辞める)予兆のようなものは見てとれていたのでしょうか?」と問われ「それはあります。」と回答しています。
(BUBKA 2018年3月号31ページ参照)

有安杏果さんの卒業の意志が強過ぎたのか、運営陣の采配では対応しきれないほどの問題があったのかはわかりません。
ですが、様々な疑問が解決されないままでいる現状が、どうしても運営の力不足のように思えてならないのです。


■ なぜ卒業宣言が突然だったのか

「具体的に卒業を考えはじめたのは1年ぐらい前ですかね。ちょうど大学卒業のタイミングですよ。メンバーにはすべて決まってから話そうと思っていたので、報告が遅くなってしまって、本当に申し訳なかったですけど」
(BUBKA 2018年3月号28ページ参照)

有安杏果さんはこのように語っています。
穿った見方をするならば、運営の采配が遅すぎたので、卒業公演の1週間前に突然公式発表する形になってしまった、とも受け取れます。

あーりんも「どうしてもっと早く相談してくれなかったの?」(BUBKA 2018年3月号20ページ参照)と言っているように、メンバーにもっと早く伝えられていたら、より良い形を迎えられていたのではないか、と想像してしまいます。

「米子の夜」のような語り合い、意見のぶつけ合いがもっと早い段階で行われていれば、と思ってしまうのです。
(「米子の夜」については杏果の本音『19年間で一番悔しかった…ツアー中の加入はキツかったかなぁ…5人の絆は最強』杏果出演 3/25「真夜中のハーリー&レイス」参照

有安杏果さんの卒業コンサート『ももいろクローバーZ 2018 OPENING ~新しい青空へ~』で、有安さん自身が「私も10周年を5人で迎えられると思ってた」と語ったように、有安さんと運営の間で齟齬があったと考えるのは妥当でしょう。
もし仮に、ももクロ10周年公演ののちに卒業するとしたら、2018年6月以降となり、卒業発表から約半年以上の猶予ができます。
10周年記念と有安杏果卒業を被らせたくないと考慮されたとしたら、10周年公演後に卒業発表し、年内いっぱいで卒業ということもできたのではないでしょうか。
「疲れた」と発言したのが体力的な理由ではない事は「10周年を5人で迎えられると思ってた」という言葉からわかります。

突然の卒業宣言。有安さんも10周年を迎えたかったとも受け取れる発言。「4人のももクロのためにこうするしかなかった」という発言。
これらを考えると、どうしても解決することができない問題があったのではないかと想像してしまいます。


■ 有安杏果が課した使命

「少なくとも、今は辞めたあとのことを考えるタイミングじゃないと思うんですよ。1月21日の最後のコンサートで、ちゃんと4人のこれからの活動に橋渡しができるようなライブがしたい。それが私にとって、ももクロでの最後の使命になるわけで、その先のことはまだ考えられないし、考えたくもないって感じですよ!」
(BUBKA 2018年3月号28ページ参照)

有安杏果さんがももクロに加入し、6人のももクロから早見あかりさんが脱退。
5人のももクロは破竹の勢いで急成長していき、国民的アイドルの仲間入りをしました。
その偉業には有安杏果さんの存在が必要不可欠でした。
特徴的な歌声で多くの人の耳を魅了し、ダンススキルによってももクロ全体のパフォーマンスを底上げしました。
先陣切ってみんなを引っ張るような人物ではないように見受けられますが、その尋常ではない努力の積み重ねによってメンバー全員の背中を押してきたのではないでしょうか。

先の発言にもあるように、有安杏果さんは多くの人にももクロを愛してもらえるよう橋渡しをしてくださいました。
運営からの無茶振りにも最大限応えてきたと思います。
百田夏菜子さんが国立競技場で「笑顔の天下」を宣言しましたが、もしかしたら有安さんにとってこれがとてつもない重圧だったのかも知れません。
明確な目標も指標も無い「笑顔の天下」は容易に数字に落とし込めないものです。
「コンサート動員数何万人、ファンクラブ会員何万人、よって笑顔の天下進捗率何%」
このような判断は不可能です。
「計画」と「準備」を大切にする人(BUBKA 2018年3月号28ページ参照)有安杏果さんにとって、計画を立てられず準備もしようが無い「笑顔の天下」は捉えどころのない壁だったのかも知れません。

さらに「アイドルをはじめた時から、常に『いつかは卒業するときがくる』ということは意識してきたんですよ。」(BUBKA 2018年3月号27ページ参照)と発言しているように、一生ももクロ宣言をしているメンバーとの考え方の違いも抱えていたでしょう。

「奇跡の5人と言われることがあるけど、私はあまりそう思ったことが無くて、この4人とここにいるモノノフさんで5人だと思ってます。」と卒業公演で発言していましたが、アイドルはいつか卒業するものと考えている自分はももクロにいてはいけない?と思っていたのかも知れません。


■ なぜ卒業しなければならないのか

ももクロ運営が紅白卒業宣言をした時に、この記事を書きました。
(参照記事:ももクロはなぜ紅白を卒業しなければならなかったのか)

2014年の紅白歌合戦に有安杏果さんはインフルエンザのために出場できませんでした。
その後紅白卒業が宣言され、モノノフのメッセージで埋め尽くされた衣装を着て紅白の舞台に立つという願いは叶えられることなく終わってしまいました。

2017年の『ゆく桃くる桃』 は「~第1回 ももいろ歌合戦~」と題し、紅白歌合戦を意識した構成になっていました。
また『ももいろクローバーZ 2018 OPENING ~新しい青空へ~』では、紅白で着ることができなかったメッセージ入り衣装を着て登場しました。

有安杏果さんの卒業の理由の一つに、この「紅白卒業宣言」があるように思えてなりません。
インフルエンザで欠場してしまった有安さんの願いが、「紅白卒業宣言」によって無下にされてしまったわけですから、メンバーのファンへの気持ちよりも運営方針の方が優先されてしまう世界なのだと考えてしまったのかも知れません。

また、『ももクロChan』でもイヤな企画や、一般教養の無さや料理下手なところが露呈してしまったことがイヤだったと冗談交じりに発言していました。

有安さんが好きなアーティストの曲調とももクロの曲調は全然違うというのも原因の一つだったのかな、ももクロの曲で好きな曲は一体何曲あったのかな、などと答えの出ない想像が頭を駆け巡ります。

他に気になるのが、ももクロの給与面についてです。
有安さんは堅実で安定志向だと思っていたので、スターダストという大手事務所に籍を残すことなく辞めてしまったことがとても意外でした。
籍だけ残し、実質完全休業、という形を選んでも良かった気がします。

元モーニング娘。の鞘師里保さんは卒業し海外に留学という形を取りましたが、事務所に所属したままで表立った活動は一切せずに2年以上経過しています。
有安さんが大手事務所を辞めてしまったのがとても大きな決断であることがわかります。


■ これからの4人

百田夏菜子さんは『ももクロChan』で卒業報告についてこのように語っていました。
「同志?仲間?として、女性としてとかは有安の気持ちすごくよくわかるし、やっぱり人生一度しかないので思ったように進んで欲しいなって思っています。」

ももクロの同志という立場。同性という立場。様々な視点から卒業を受け入れるしかなかったのでしょう。

リーダーとしてメンバーの卒業に何人も立ち会った百田さん。
精神的支柱だった早見あかりさんが脱退し、不動の5人かと思われたメンバーから歌唱力とダンススキルが高い有安杏果さんが卒業しました。
百田さんは個人での仕事も忙しく、実家が都心から離れているということもあり、リーダーとしての重責を感じているのかも知れません。
有安さんからメンバーへ卒業報告がなされた時に終始無言だったと言います。
すでに引き止めることもできないほどの強い意志を感じたのでしょう。

高城れにさんはそれでも「考え直してくれないかなぁ」と何度もお願いしたそうですが、やはりもっと早い段階でメンバーに相談できる状況があればより良い展開になっていたのではないでしょうか。


玉井詩織さんはいち早く自らの役回りを察知し、スポークスマン役としてファンやスタッフが目を見張るほど尽力しました。
佐々木彩夏さんはアイドルとして生きるという覚悟のようなものを感じます。

ももクロは4人でも大丈夫。ファンという5人目のももクロがいる。
有安さんが築き上げ、託したものはそう簡単に崩れ落ちないでしょう。


様々な推論を重ねてきましたが、結局は公式で語られているもの以上の事柄は表に出てきません。
4人で突き進むと決意してくれた以上、ファンとしてはどこまでもついていくだけです。

有安さんが卒業したぐらいで倒れるようなグループじゃないってことは、有安さん自身が身を持って証明してくださいました。
有安さんが「私元ももクロだったんだよ」って自慢できるぐらいでっかいグループになるので見守っていてください。


トップリード新妻容疑者の謎 

トップリード新妻容疑者が住居侵入窃盗容疑で逮捕されました。

芸人仲間からは信じられないという声が多い人物のようで、人柄が良く信頼が篤い人物のようです。


本人は「白い煙が見えたので入った」と一部容疑を否認しているようです。
(最新情報ではないので随時報道をご確認ください)


お笑い好きとしてショックなのもありますが、不可解な点が多くミステリ脳が刺激されます。


謎その1

「なぜ空き巣ではなく人が寝ている部屋に入ったのか」


再現CGを見ると、寝ている男性の横にあったカバンに手を入れていたところ、音で起きた男性に見つかったそうです。

ドアの鍵が開いてたら中に人がいるか確認するでしょうし、なんならチャイムくらい鳴らすでしょう。
玄関に靴もあったでしょうから中に人がいることをかなり警戒するはずです。

実際に男性が寝ていたのにも関わらず、カバンに手を入れていたとなると、何か大事なものがあるとわかっていたのかも知れません。


謎その2

「なぜカバンごと持ち去らなかったのか」


カバンの中身を物色中に音が出たのだとしたら、中身を探さずカバンごと持ち去った方が早いし音も出ないはずです。
なぜ中身の何かだけを探したのでしょうか。
隣で男性が寝ている状況でそれをやるのは大変難しいと思います。



なぜ被害者のホスト男性の部屋でなければならなかったのか。
なぜカバンそのものではなく中に手を入れていたのか。

住居侵入窃盗の常習者とも初犯とも考えにくい、モヤモヤしたものを感じます。

弁護士などを呼んでいただきいろいろ証言が聞きたいです。

一刻も早い原因究明を望みます。

有安杏果がいない世界を生きて行く 

昨日あんなに晴れていたのに、杏果ちゃんがいなくなって一日目の東京は真っ白な雪に覆われていて、まるで日常から全部の色が抜け落ちたかのようです。

ももいろクローバーZに有安杏果がいない。

言葉にしてみても何も実感が湧きません。
5人のももクロがあまりにも当たり前過ぎて、10周年を迎える前に誰かが卒業するだなんて微塵も想像しませんでした。


僕がももクロを知った時はすでにあかりんが脱退していました。
ももいろクローバーのことをよく知らないし、もちろんメンバーの人柄も知らず、名前すらおぼろげなまま見た『4.10中野サンプラザ大会 ももクロ春の一大事〜眩しさの中に君がいた〜』で大号泣しました。

ファンとも言えないままあかりん脱退で大泣きした僕が、今この状況で一人去る体験をしたら一体どうなってしまうのか、と不安もありつつ、ずっと現実感が無いまま1月21日を迎えました。

ライブ後一日経ってみて、いろんな記事を読みましたが、いまだに感覚が追い付いていきません。
言葉では「4人のももクロ」と認識できます。ですが日常が、肉体が、捉える視野が、れにちゃんへの想いが、「4人のももクロ」を認識してくれません。

ももクロを知ってから、つまらなくて苦痛な日常は熱くたぎる非日常へと彩られました。
やがてその非日常は日常化し、ももクロのことを考えるのが当然の毎日になりました。
だけど杏果ちゃんが卒業したことで、当たり前だった日常が再び混乱に満ちた非日常へと転じました。
ももクロを知った時の非日常から杏果ちゃん卒業後の世界を生きるという非日常へ。

4人での歌や立ち姿を見た時、正直なところそんなに違和感がありませんでした。ライブ中の興奮もあったでしょうし、さっきまで5人だったことが映像としてまだ目に焼き付いていたのかも知れません。
杏果ちゃんが4人でも遜色なくパフォーマンスができるように大切なものを託していったおかげかも知れない。
4人も杏果ちゃんが安心して卒業できるように踏ん張ったのかも知れない。
いろいろな思考が巡り、感情が揺さぶられました。
でも今考えると「4人のももクロ」をしっかりと認識できていなかったのも理由の一つかなと思います。例え4人しかステージに上がっていなくても、自動的に5人だと認識してしまうのです。


自己紹介。『Z伝説 終わりなき革命』での扇の組体操。曲中のメンバー間のアイコンタクト。いろんなことがステージ上で起こる度に、「あ、これがもう最後なんだ。見れなくなるんだ」と頭をよぎりました。
杏果ちゃんは毅然としていて、れにちゃんはところどころ涙ぐんでいました。
杏果ちゃんのソロパートの後でれにちゃんが画面に映し出されると、杏果ちゃんの方を向きながら泣き顔になっていることもありました。


れにちゃんは杏果ちゃんにこんな言葉を贈っていました。

「何度も考え直してくれないかなぁって言っちゃったと思うし、すごくしつこくなっちゃったかもしれない」

夏菜子ちゃんもしおりんもあーりんも、杏果ちゃんの決意が揺るがないことを察してしまったので強く引き止められなかったのだと思います。
れにちゃんも当然察したでしょう。もう後戻りできないところにまで来てしまっていることに気付き絶望したのかも知れません。
それでも。考え直してもらえないかとお願いし続けるれにちゃんを想うと涙が止まりませんでした。
杏果ちゃんが卒業を決意した原因のひとつにれにちゃんが関わってると考えてしまっている気がして、れにちゃん推しとしてはとても心配しています。



杏果ちゃんかられにちゃんへ、こんな言葉が贈られました。

「れにには、自分がどんなに苦しくて辛くても、相手のことを思いやれるあったかい優しさを教えてもらいました。たくさん助けてくれてありがとう」

大泣きするれにちゃんを見て大泣きしました。
中野の映像で見た、子供みたいに泣くれにちゃんを思い出してまた大泣きしました。

杏果ちゃんは8年で辞めてしまったのではなく、れにちゃんのおかげで8年も続けられたのだと受け取りたいです。


10周年を5人で迎えたいとこの日まで伝えられなかった夏菜子ちゃん。辞めなきゃよかったと思ってもらえるぐらい輝いていたいと宣言したあーりん。ももクロの情報がいやというほど目に入ってくるぐらい活躍していきたいと告げたしおりん。

会場では『新しい青空へ』の歌詞が表示されていたのですが、夏菜子ちゃんが「その小さな体 抱きしめていた」と歌っていたところは「その小さな体 抱え込んでいた」という歌詞だったかと思います。
(記憶が定かではありません。ベスト盤特典にはぜひ歌詞カードも付けていただきたいです)

この歌詞にもあるように、杏果ちゃんは様々なことを抱え込んでいたのだと思います。

1年以上前から卒業を考えていて、それでも10周年は5人で迎えられると思っていた杏果ちゃん。
「奇跡の5人」の中に自分は不在で、5人目はファンのみんなだと思ってる杏果ちゃん。

れにちゃんの悲痛な涙や、自信なさげな夏菜子ちゃんの表情を見てしまうと、もっと別の方法があったんじゃないかと思ってしまいます。そして、メンバーの4人も後悔を抱え込んでしまっているのではないかと余計な心配をしてしまいます。

それでも4人は決断してくれました。解散せず4人で続けると。
れにちゃんも「ついてこい!」と言ってくれました。
その言葉を待っていたんです。

れにちゃんを信じる心がれにちゃんの力になるのなら全力であなたを信じます。



ももクロに有安杏果がいない世界を生きていきます。
その決意が杏果ちゃんへの恩返しになることを目指して。



この日はいろんな人に会えて、ライブ後は酒を飲みながら語り合いました。
紛れもなくももクロちゃんがいなければ一生出会わなかった人たちです。
ももクロちゃん。杏果ちゃん。本当にありがとう。

有安杏果さんの卒業と『弱虫ペダル』 

2018年1月15日。ももいろクローバーZの緑色担当である有安杏果が卒業を発表しました。

突然の発表に驚きを隠せないが、「もし5人の中から脱退する人がいるとしたら杏果ちゃんかな」という予感もあったので、残念な気持ちと共に妙に納得している部分もある。
ダンススキルと歌唱力。愛くるしいキャラクター性と計り知れないほどの努力など、誰からも愛される人物だっただけに、ももクロからいなくなってしまうことがとても残念でならない。
5人の中でも特徴的で独特な歌い回しと、魅力的な歌声の持ち主で、「女祭り2011」での満身創痍のまま息も絶え絶え歌い続けた姿を見た時は打ち震えた。

なぜそうまでして戦い続けるのか。ももクロに出会うまでの人生の中には生じなかった問いだった。
なぜこの小さな女の子は自分を犠牲にしてまで戦い続けるのか。
どんなに不遇な状況に置かれても、どんなに心無い人たちから非難されても、努力を惜しまず戦い続けてきた有安杏果。

歌という武器を決して離さず、時には自身の武器に翻弄されながらも、ずっと歌い続けていくのだろうと漠然と思っていた。
のどの治療に専念し、従来の歌い方を捨ててまで選んだ道だと思っていただけに、芸能活動引退という発表に「今じゃなきゃダメなのかな?」と疑問が残る。


漫画『弱虫ペダル』ではメンバーをゴールへと届けるために、すべての力を振り絞ってカラカラになるまで自転車を漕ぎ続ける姿が描かれる。
ゴールを目指す余力なんてもちろん無い。1ミリも身体を動かせなくなるまですべてを出し切る。
チームのメンバーがゴールを切ると信じて。

卒業発表を知り、僕はこの姿と有安杏果が重なった。
彼女はももいろクローバーZを引っ張り上げるためにすべてを出し切ってくれたのではないか、と。
メンバー4人が前に進むために全速力で走り続けてくれたのではないか、と。
現時点で有安杏果のソロパートの代わりが務まるメンバーはいないだろう。
だけど、有安杏果が引き上げ続けてきた勢いのまま突き進んで行けば、必ずや遜色ない4人の歌声が聞けるはずだ。
自分のためよりも誰かのために戦う時の方が何倍も強くなる5人。
4人のために全速力で走り続けてくれた有安杏果のために、今度は4人のももいろクローバーZが素晴らしい歌声を獲得していくことだろう。


有安杏果の姿を見続けていた4人は、卒業の申し出を強く断れなかったのではないだろうか。
全てを振り絞って走り続けている者がリタイア寸前の状態でいる時、「もっと走れる」と言うのは酷だ。
有安杏果も4人にももクロを任せられるから辞めるのだろうし、4人も安心して任せて欲しいと有安杏果を送り出すはずだ。

卒業公演も無いようなので(2018年1月15日現在)、突然過ぎる発表に体調面での心配をしてしまうが杞憂であることを願う。


相当な覚悟を持っての決断なのでももクロに復帰することは考えにくいが、もしいつかももクロに戻ってくることがあれば、ファン全員が歓迎するだろう。

なので杏果ちゃんには「ちょっと家を開ける」くらいの感覚でいて欲しい。
卒業しようがなんだろうが、あなたはももクロの小さな巨人なんです。
ももクロに復帰するというあなたの可能性の一つを、あなた自身の手で排除して欲しくありません。

スタッフさんもファンも辞めたメンバーも関わった人たち全て引っくるめてももクロだと僕は思っています。
何があってもももクロは揺るがない。
あなたが紡いできたももクロは、これからもずっと呼吸し、運命を奏で続けます。

有安杏果さん。今までありがとう。これからもよろしくお願いします。