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実存浮遊

映画やアイドルなどの文化評論。良い社会になるために必要な事を模索し書き続けます。

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感染せよ‼︎ 【『本当によい教育を実現するための覚書』は実現可能か】 

『本当によい教育を実現するための覚書』を拝読しました。

個別指導塾で働く著者が様々な著名人の教育思想を取り入れて、よりよい教育の場を目指すための一冊。

現状の様々な問題点を抽出し、情念をぶつけた文章が現代日本が陥っている深刻な状況を際立たせます。


この問題を打破するために著者が掲げていることを簡単にまとめると「新たな学びの場が必要だ」ということです。

著者が提案する場はとても魅力的です。
こんな場所があれば子供達はのびのびと成長していくことでしょう。

ただ問題点もあります。
問題点を明確にすることで「よりよい教育の場」を目指すための助力になることを願っております。
そして『本当によい教育を実現するための覚書』とこれから記す文章を併読することで、多くの人々が現状の酷さを把握するとともに、今我々に何が必要で何を捨てていくべきかが明確になれば、僕としてはこの上ない喜びです。


では本書の問題点は何か。

それは、「場所が本当に必要なのか」ということです。


著書は本書で協力者を募っており、特に場所を提供してくれる人を募集しています。

著者が人生の指導者、助言者として挙げている宮台真司先生の考え方を借りて反論すると、教室が固定されてしまうことでいじめが発生してしまいます。つまり著者が作りたい場所が池袋辺りに一箇所しか無いという状況自体が、いじめという新たな問題を発生させてしまう可能性があります。

アイドルファンでもある著者には「古参が老害化する」という言い回しでも伝わるかもしれません。


当然これに対し、「現状の満員電車状態のクラス制度とはまったく別種であるためいじめは発生しにくい」という反論もあるでしょう。ただこの一点だけで反対しているわけではありません。

ここで強調したいのは「場所は限定的じゃない方が教育に良いのではないか」ということです。

また、著者が掲げる場は法律の問題をクリアできるのかも疑問で、本書では触れられていませんでした。


著者が目指す学びの場はとても理想的ですが、行きたい子が池袋まで行かなければならないということなど限定的であることを考えると、「よりよい教育を実現するため」にはもっと効果的で魅力的で実現可能な方法があるのではないか、と感じました。

キーワードは著者も挙げている「感染」です。

これは宮台用語で、意味は「スゴイ人に出会い思わず思考や言動を真似してしまうこと」です。
自発性ではなく内発性を刺激できる人物とも説明できます。
自らの利益のために行動する人ではなく、自己を犠牲にしてまで他人のために思わず行動してしまう、そんな人にさせてしまう人物です。


何が言いたいかと言うと、場ではなく著者自身が感染させまくる場として存在すればいいのではないか、という提案です。


場所を限定するのではなく、著者が行く先々で学童保育や学習塾を道場破りしていくのです。
そして近くの市民センターなどでワークショップを開催するのです。
「お前らあんなところにいても無駄どころか害悪でしかねえんだぜ」と。
「俺がもっとおもしろいものを見せてやる」と。

著者に感染した子供達や大人達は考えを改め、家庭や学校での振る舞いが変わっていくでしょう。


そうして著者はまた新たな場所へ去って行くわけです。



これは著者だけへの提言ではなく、すべての大人達への提言でもあります。
自らがスゴイ人物となって子供達の内発性(利他性)を刺激しまくるしか道はありません。


本書により現状認識を深め惨状を知り、著者の情念(本を作ってしまうということがどれだけパワーがいることでしょうか!!)を受け取り、共に「よりよい教育を実現するため」に必要なことが何かを模索していく。
この本はそのために必要な本です。

多くの人々が感染者として覚醒できますように。


ちろうのレイブル日記(『本当によい教育を実現するための覚書』申し込みフォーム)
http://d.hatena.ne.jp/routi/touch/20161222/p1#p1
未分類  /  tb: 0  /  cm: 0  /  △top

ブルドッキングヘッドロックvol28『バカシティ たそがれ編』が持つ批評性 


ブルドッキングヘッドロックvol28『バカシティ』(公演期間2016年11月2日~11月20日)を観劇してきました。
バカシティ公式サイト

『桐島、部活やめるってよ』や『幕が上がる』の脚本としてもお馴染みの喜安浩平さんが主催する劇団の公演なのですが、劇団員の岡山さんと親しくさせていただいたご縁もあり、ぜひ見に行きますとお約束したのでした。
岡山さんとはももクロファン同士として知り合い、『シン・ゴジラ』に衝撃を受けて一緒に2回目を観に行く仲に。『君の名は。』も二人で鑑賞などし、最近も『この世界の片隅に』を鑑賞してきました。

岡山さんから『バカシティ』のチラシをいただき、ご一緒していたれにちゃん推しの友人と共に軽い感じで「あー行きます行きます」みたいな感じで約束しました。

喜安浩平さんと言えばアニメ版『はじめの一歩』の主役の声を担当していて、僕は最初一歩の声の人と『桐島』の脚本家が同じ人だと思いませんでした。珍しい苗字の人が二人いるんだな、と。
なので同一人物だと知った時は衝撃的でした。『はじめの一歩』で泣き、数年後には『桐島』が話題になり、そして僕の大好きなももクロちゃんの主演映画の脚本までなさるとは。
しかも今調べてみたら、個人的に2016年ベスト3に入る『ディストラクション・ベイビーズ』の脚本も真利子監督と共同で手掛けていたなんて!
ちなみに真利子監督はももクロちゃんが出演している映画『NINIFUNI』の監督ですね。
ももクロがつなぐ凄まじいご縁。


そういうこともあり、『バカシティ』を観劇するのは大変楽しみでした。
友人と渋谷で待ち合わせをし、「出演者の友人ということで差し入れとか買っていくべきではないか」などと気付き、きゃーきゃーテンションが上がりながら「岡山さんだから岡山県産のぶどうでいいのではないでしょうか。僕られにちゃん推しだから紫のぶどうで合ってるし」と、何が合ってるのかわかりませんが、高級感漂うぶどうにしました。これならみなさんでパクつけるでしょうし。

そして会場であるアゴラ劇場に行ったのですが、ここって『幕が上がる』で高橋さおりらの先輩が公演を行った場所ではありませんか!
友人は知っていましたが僕は無知なまま生きているので途端にテンションが上がりました。
ここにももクロちゃんや黒木華さんや伊藤沙莉ちゃんや吉岡里帆ちゃんや芳根京子ちゃんが!?
オリザ人形が運ばれたり!!
しかも『バカシティ』を観劇に相楽樹さん(『とと姉ちゃん』の次女役でお馴染み)もここに来てたの!?
アゴラ劇場すごい!!

そしたらテンションが上がり終わりまして、開演まで2時間ぐらいをどうするかという話になり、食事するところを探して歩いていたら渋谷にたどり着きました。そしてご飯食べたら眠くなりました。
「観劇中に寝てしまったらどうしよう」という恐怖に怯えながら会場へ。アゴラ劇場の中はとても狭く、舞台まで手を伸ばせば届きそうな距離です。


『バカシティ たそがれ編』が終わり友人と一番最初に交わした会話が「岡山さん主役じゃん!」でした。
主役への差し入れに「岡山県産の紫のぶどう」という笑えないものを選び、こんな僕らが一番バカじゃないか、という落ちがついたのでした。
観劇後に劇団員さんと交流会があり、岡山さんに「主役だったら最初から言っておいてくださいよ!」と怒りました。
しかも喜安さんや『幕が上がる』のプロデューサーさんらしき方もいらっしゃって、岡山さんのおかげでご挨拶できました。
「バカシティ面白かったです!ももクロちゃんも大好きです!」とこれまたバカみたいな感想でした。


ということで前置きが長くなりましたが、以下『バカシティ たそがれ編』の感想です。
公演のDVDも発売されるかと思いますので、ネタバレを避けたい方は以下読まない方が良いです。
ちなみに相楽樹さんが客演しているのは『1995』というタイトルらしいですよ。




● 『バカシティ たそがれ編』が持つ批評性

落語がモチーフとなっているタイムパラドックスもので、物語の整合性を確かめる暇も無く笑いで圧倒された。
あらすじを言うと、地下アイドルに入れ込む3人の男がいる。そのアイドルからメールで結婚を約束されるのだが、3人とも受け取っていた。その中の1人松本は過去の時間をいじる事でアイドルを独り占めしようとするが、時間警察に追われる身となり、歴史の改変が繰り返されることで物語はあらぬ方向へと進んでいく。

他の公演はもっと静からしいが、初めて見るのが『バカシティ たそがれ編』で良かった。
松本さん役(松本哲也)が素人目に見ても上手なのがわかる。自然体にしか見えないんだけどしっかりおもしろい。もちろん脚本もあるんだろうけど、岡山さんに聞いたらセリフを変えたりもしたそうなので、すごい人なのだろう。
しかも最初のシーンは「これは時間が繰り返されているんだ」と気付くための重要な場面なので、ここに印象的なフレーズを置いておくのはとても効果的だった。
(岡山さんがスマホを使ってるだけでどうかと思ってる、平べったい石でいいじゃん、というようなセリフ。笑えて、かつ、2回目3回目の時に時間が戻ったんだとちゃんとわかる大切な場面)

中盤の時間停止の畳み掛けはくだらなくて最高に笑えました。
「タイムストップ」
「タイムストップストップ」
「タイムストッププレミアムエディション」
など、まさにバカバカしい展開に。

社員旅行のシーンでは劇作家の平田オリザさんが演出する「同時多発会話」が起こるが、すぐに「うるせえな!」と消される。
「本物」と「本物っぽい演劇」と「おもしろい演劇」の区別がなされている気がした。
演劇がより本物に近づくことが良しとされるとしたら、そこにはいわゆる「ドキュメンタリーの壁」と同じ問題が発生してしまう。
つまり「カメラがあるじゃん」ということだ。演劇の場合は「観客がいるじゃん」ということ。

一方で、日常を食い破るほどの凄まじい作品というのは、本物っぽいかどうかなんて瑣末な問題だ。
『ディストラクション・ベイビーズ』を例にすると、主人公を柳楽優弥が演じていて、セリフはほとんど無くケンカしまくる役だ。こんな奴とは普通に生きていて出会えるはずも無く、本物っぽいかどうか判別できない。
でも、凄い。
この映画を見る前と後では日常の景色が違う。
ちょうど『アオイホノオ』の再放送が放映されていた時期でもあり、柳楽優弥のすごさも感じた。

「本物」と「本物っぽい演技」と「凄い演技」というのは全部違うということ。
日常生活で俳優と観客を意識することもなければ、どれだけ本物っぽい演技をしたところで観客は見ているものを演劇と意識せざるを得ない。
どれが一番か二番か、という問題ではなく、それぞれすべて別のもの、ということだ。
その意味で『バカシティ たそがれ編』で「同時多発会話」を否定したのは区別化を宣言したように感じた。


これにつながる問題で、観客は何を見て、何を意識からはずそうとするか、というものがあり、『バカシティ たそがれ編』では大いに唸った。

時を止められ動けなくなった人の顔に水しぶきを掛けると動けるようになる、という設定が明かされる。
人はどんなに我慢してても顔に水しぶきが掛かると思わずまばたきしてしまう、という馬鹿げた理由なのだが、ここが物語の伏線になっている。

劇中、岡山さんは全身汗だくになっている。だが観客は汗だくになっている岡山さんを見て笑わない。なぜなら意識を外すからだ。
日常生活で全身汗だくになって会話してる人は見かけない。岡山さんはあくまで演劇中で動いているから汗だくなのであって、物語の中では汗だくではない、と観劇中は「汗」を意識から外そうとする。

そこへ来て、岡山さんにタイムストップが効かないのは顔が汗で常に濡れているからだ、と明かされるのだ。
今まで見ないようにしていたものが突然目の前に現れる衝撃。
観客全員が「やっぱ汗すごかったよね!」と意識がひとつになり大爆笑に包まれる。

ここも現代演劇への批評のように感じた。
「本物っぽい演技」をしても生理現象までは止められない。
聞いた話では岡山さんは汗を大量にかくために裏で水を飲みまくってたそうですが。


● 「おかしみ」ってなんだろう

「知り合いが出てるから」くらいの軽い気持ちで見に行った演劇でしたが、主役だったし内容も面白かったので観劇できて良かったです。
出演してる女優さんもかわいかったです。

地下アイドルが好きというのは絶対岡山さんをモデルにして作られた脚本だろう、と思った。
地下アイドル役の二見香帆さんは絵恋ちゃんの動画などを見て研究したそうです。

あとバイトの先輩に扮した時間警察役の鳴海由莉さんの「キングダム読んでっから」というセリフで笑いました。ちょうど『キングダム』を最新刊まで読み終えたばかりだったので。


ただタイトルがいまだに謎です。
もっと落語っぽいわかりやすいタイトルでも良かった気がするし、馬鹿な人が登場するわけでもありませんでしたし。

ブルドッキングヘッドロックは「おかしみ」を標榜しているとインタビューに載っていました。
それは「バカ」とは違う気がしました。
メタ的に現代演劇を批評することでも無いでしょう。
むしろ「シティ」という語感にまとわりついているおしゃれさの方に近いのかも知れません。
悲哀さというか、笑うしかない状況というか、そう言ったものが「おかしみ」なのかも知れません。


『紫会』を開催してくださるれにちゃんの温かみ 



『紫会』に見事当選させていただき、晴天の中豊洲PITへ。

開場待ちをしているとロッカジャポニカちゃんがビラ配りに来てくれました。
『ドラゴンボール超』を毎週見ている僕としては高まらざるを得ません。
離れ目好きなのでるかちゃんが超絶かわいかったです。みなさん11月28日のワンマンに行きましょうね。
参照ページ


会場に入ると思ってたよりもずっと席が近いです。
隣の隣に女性が座っていたので話しかけると、大分出身の方で杏果ちゃんがソロコンを開催してくれた事を大変感謝していました。
でも彩高コンビが好きだそうで。わかる!推され隊も良いんだけどやっぱ彩高ですよね!という気分。
れにちゃんソロコンは行ったことが無いということなのでぜひ当てましょうと誓い合う。
生まれ育った横浜で開催したいという願いが込められた2017年ソロコンですからね。絶対に行きたいですね。


BGMが『今夜はブギーバック』や『丸の内サディステック』で気分もノリノリになったところで川上さんが登壇。
あくまで箱推しを公言してますが誰が見てもれにちゃんのイラストに気合いが入りまくりなのがわかる所先生とロガールの吉田さんも続けて登壇。

そしてなんとovertureが。ライブなの?ただの報告会かと思ってたよ!
でも悩む暇も無く勝手に身体がれにちゃんMIXを打たせていました。
やっぱれにちゃんMIXが一番好きだ!
そして我らがれにちゃんのご登壇。
すごい!輝いてる!

川上さんが「杏果ちゃんのソロコンの日にぶつけるなんて流石ですね。仲に亀裂が入りそうですね」みたいなことを言ってた。

どうやらこの日の主旨はれにちゃんがみんなと一緒にカラオケBOXに行く、というものだったらしく、DAMが用意されていました。
最初からステージ上にデジモクあったじゃないか。全然気付きませんでした。

抽選で席番の人がリクエストしたりステージに上がってデュエットしたり、というような内容。
当たったらどうしよう!と思ったけど結果当たらず。


ソロで『ももいろ太鼓どどんが節』を一番だけ歌ってくれて、終わったらデジモク持ちながら「次何歌う?」と、まるで家族のような体験をさせていただきました。
その後れにちゃん自身「紫ファミリー」と言っていたので、ほんとファンとしてはありがたいことです。


その後デュエットで『行くぜっ!怪盗少女』や『泣いてもいいんだよ』を披露。
『泣いてもいいんだよ』ではサビの入りを間違ってました。


いつもカラオケで歌ってるというリトルグリーンモンスターの『君のようになりたい』も披露してくれました。




イキイキしてるれにちゃんを見て川上さんいわく、「5人でいる時はもっと自由にやればいいのにと思うことがあって、たぶんほんとは出来る人なのにやろうとしないからこういう会で好き勝手やらせると面白い」というようなことを言っていました。
ももクロって全員が前に出ようとしませんものね。

登壇した人がれにちゃんの好きなところを挙げて降壇するんだけど、多くの人が「笑顔」を答えていました。
ほとんどの人が「笑顔」と答えていたのですが、ほんとみんな笑顔だけに惹かれているのかな?と疑問に思いました。
だって笑顔が素敵なのって夏菜子ちゃんもしおりんもあーりんも杏果ちゃんもじゃないですか。
それに僕はれにちゃんの笑顔じゃない時の笑顔も大好きだし泣き顔も大好きなんですよ。
僕は表層よりも深層に強く惹かれます。

もちろん突然呼ばれてあのれにちゃんを目の前にして理路整然と語れる自信はありません。
でもこれまで推してきて今後もうあり得ないであろう機会をいただいたのですから、全身全霊で想いを告げたいとも思います。
もし短い時間で想いを伝えるとしたら、一言で言えば「魂」と答えたでしょう。
もう少し時間があったら「自己犠牲の精神と利他性、そして深い慈しみをお持ちの所」と答えたいです。

これまでブログでは何万字も費やしてきました。
僕がファンになった頃はれにちゃんは他のメンバーに比べてあまり人気が無いように感じました。
ブログへのコメント数くらいでしかわかりませんでしたが、夏菜子ちゃんが100コメント超えているところ、れにちゃんは50コメントくらいだった時もあったと思います。
れにちゃんを推さなければならない、と使命のようなものを受け取ったのはやはりれにちゃんの壊れてしまいそうな部分を感じたからだと思います。
2011年の春の一大事であかりんが語っているように、れにちゃんは守られる存在でした。
それが今や多くの人と慈愛の精神で接し、たくさんの人を幸福にしています。

ファンの人からありがとうって言ってもらえるけどこっちのセリフだよ、ってれにちゃんはよく言ってくれます。
でも「何を言ってるんですか」という感じです。
れにちゃんがいなければ僕らは存在していないわけですから、僕らが感謝を述べるのは呼吸をするのと同じく必然なんです。

れにちゃんが「がんばれ」と応援するよりも、れにちゃんががんばっている姿を見ることで勝手に勇気づけられている事の方が多いです。
れにちゃんから多くのことを学びました。学んだり受け取ることができる人生で良かったと思いますし、同じ時代に生きているという奇跡にも感謝しますし、同じ次元に存在できていることが有り難いです。


これらを漢字一字にまとめると「魂」になります。


そうは言っても、『ゆーがらお友達』を歌ったちびっこがれにちゃんの好きなところは「おなか」と答えた事に比べたら全然敵いません。
だってれにちゃんがすごく笑ってたじゃないですか。

れにちゃんに推している理由を伝える、という行為自体がものすごく利己的なもの。
またひとつ学びを得ました。



カラオケの方は『一粒の笑顔で…』でご本人登場みたいなことをやったり、ちびっこ登壇で『DECORATION』を歌った女の子がちゃんと歌えていて驚いたり、『ゆーがらお友達 』を歌うと頑固だった男の子が途端に小さい声になってカラオケルームが変な感じになるのが「マジでカラオケ屋に来たみたい」って思ったりしました。
ちびっこちゃんが降壇する時に2さいくらいの女の子をれにちゃんが抱きしめていたりしてて本当に微笑ましかったです。
第何回目かの紫会ではれにちゃんのお子さんと一緒に共演して欲しいと切に思いました。


あとは高城れにディナーショーとかも案が出てたし、ソロアルバムとか写真集の案も出てました。
ぜひ実現していただきたいです。


あと元KARAのジヨンってJYという名前で歌ってたんだ、と思ったり(『好きな人がいること』という月9の同名タイトルの主題歌)、『LinkLink』を歌うれにちゃんもかわいいな、と思ったりしました。

『しょこららいおん』では客席の通路を歩いてくださいました。
カラオケの歌詞を見ながらじゃないと歌えない場面などもありかわいかったです。
また生で見られるとは思わなかったので嬉しかったです。
近くで見るれにちゃんはやはり後光が差しておりました。


締めコメントで「このあとランチでも行く?」というお言葉も。


幸福に包まれたまま紫会が終了し帰路へ。

永田町で途中下車し、徒歩で新宿に行こうと思い立つ。
たまたま通りかかった豊川稲荷でれにちゃんの末永い健康をお祈りしました。
ソロコンと共に紫会が恒例行事になりますように。


『ドラゴンボール』から『背すじをピン!と』へ 【弱くなる主人公】 

『背すじをピンと!』という高校競技ダンス部の漫画を読みました。
涙があふれてきました。
とても素敵な漫画なのでいろんな人に読んでいただきたいです。
これぞ王道ジャンプ漫画というもので、絵柄やキャラクター、展開など多くの点で誰にでも愛されるべき漫画です。
がんばってる人、悩んでる人、一歩踏み出したい人、負けた経験を引きずってる人、泣いた人、笑いたい人など、いろんな人に読んでもらいたいです。

かつてのももクロもそうでした。
僕が初めてももクロを知った2011年の夏。今思えばももクロにあるジャンプ展開に強く惹かれていたのでした。
精神的支柱を失った物語は『SLAM DUNK』で言えば主将のゴリが怪我で離脱したシーンに当たるでしょう。
(川上マネージャーが離れたら安西先生不在の展開を想起させますが、完全に離脱することはなく今でもももクロちゃんの側にいますね)

様々な必殺技を獲得し、強敵(会場のキャパ)を次々と倒し、出会った人たちを仲間にしていくのはまさに『ドラゴンボール』と同じです。
『サルでも描けるマンガ教室』でも指摘されているように、『ドラゴンボール』が「強い奴のインフレ」に陥ったのと同様、ももクロも同じ展開になったのは宿命とも言えるのでした。


『背すじをピン!と』は『ドラゴンボール』やももクロが教えてくれたドキドキワクワク感を持っています。
『ドラゴンボール』から『SLAM DUNK』。そして『SLAM DUNK』の流れを汲む『弱虫ペダル』があり、その先にある「バトル×スポーツもの」の最前線こそが『背すじをピン!と』なのです。


『ドラゴンボール』から『SLAM DUNK』、そして『弱虫ペダル』という流れは主人公が弱くなる歴史でもあります。
すごい能力を持っているけどバカな少年が努力をし友情パワーで敵を倒す。
素人だけどすごい才能を秘めたバカな高校生が努力しメンバーにも支えられ勝利する。
素人だけどがんばり屋で自転車レースが大好きな高校生がチームに支えられ、時には支えながら勝利する。

サイヤ人。異常な身体能力を持つ不良。オタク少年。
そして『背すじをピン!と』ではついに平凡な高校生となりました。
『弱虫ペダル』から引き継いでいるのは「(ダンスが)楽しい」ということだけです。

素人ががんばっている。これはももクロにも共通する点です。
歌もダンスも上手じゃないにも関わらずなぜか強く惹かれてしまう。
それは笑顔で楽しそうだからです。
無表情と笑顔があったら、自然と笑顔を目で追うように人はなっています。
更に、天性の才能を持つ人と努力家を比べたら、努力家を応援したくなるようになっています。
なぜなら多くの人は才能なんて持っていないからです。
自分自身がいっぱいがんばっているからこそ、がんばっている人を応援したくなります。

ももクロの魅力のひとつは「悲壮感の無さ」だと思います。
モー娘。が全盛期の時はオーディション風景やレッスン風景などの過酷な裏側を見せることで強烈な物語を観客と共有してきました。ですがそこも「強い奴のインフレ」に陥り衰退していきます。
(現在のモー娘。やハロプロは過酷なレッスンの下地に楽曲の良さも加わったことでファンを拡大しているようです。また新グループも次々続々と登場し、先輩後輩の関係が多様になることで「関係性萌え」という学園もののような楽しみ方もできます。努力に努力を重ねてようやく敵を倒すという展開になればまさにジャンプ的です。今注目すべきアイドル集団でしょう)


主人公の少年と少女は共に地味で目立たない存在です。
変わりに周囲のキャラクターは強烈で個性的です。
この二人が共に支え合いながら少しずつ成長していく物語です。
と当初は思っていました。

ギャグやパロディもおもしろいし、絵柄もかわいいし、『ハイキュー!!』と見比べれば一目瞭然ですがすべてのコマがとても丁寧に作られています。
可能ならば『ハイキュー!!』の1巻と最新巻の表紙やコマを見比べてみてください。
1巻はとても丁寧でかっこいいのに対し、巻を重ねるにつれスピードを重視しているせいなのか雑に見えてしまいます。
そして『ハイキュー!!』の二人の主人公は共に超人的能力を持つ者であり、『SLAM DUNK』の桜木と流川の関係にあります。
『SLAM DUNK』は二人の関係性が最後の試合に活きてきますが、『ハイキュー!!』の場合はセッターとアタッカーの関係にあるため常にボールのやりとりが発生してしまいます。
そのため二人で必殺技を開発していく、という展開で魅せていくことになるのですが、ここは「強い奴のインフレ」ならぬ「強い必殺技のインフレ」に陥っているように感じます。
序盤から超人的なトス回しと常人を超えた身体能力でのアタックという必殺技があり、そこの弱点が見つかり、克服し新必殺技を獲得する、という流れなのですが、最初の必殺技にインパクトがあり過ぎました。

ももクロで言えば、とても敵わないと思っていたキャパの会場を次々と攻略していくことの凄さと、狭いライブハウスでのパフォーマンスを比べると、序盤のドキドキワクワク感の方が気持ち良いという感覚と似ています。

『ハイキュー!!』が陥っている展開を『弱虫ペダル』はどのように回避しているかと言うと、「凡人」と「楽しい」の2点です。
凡人だから努力しますし、素人だから始めた頃の楽しさが色あせていません。
素人が楽しみながらがんばっている姿に多くの人が共感しているのです。

『背すじをピン!と』のキャラクター投票の結果を見ても、地味な二人が圧倒的な得票で勝っています。
超人的能力を持つキャラクターに憧れた時代から、素人だけど楽しみながらがんばって努力しているキャラクターが愛される時代になっているのかも知れません。


先ほど「素人の二人が共に支え合いながら成長していく物語、だと思っていた」と書きました。
実はここに大きな仕掛けがあったのです。
その展開にまんまとしてやられてしまい、僕は涙を流しました。
ぜひ現在最新の7巻まで読んでいただきたいです。
キャラクター投票の結果を見てもわかるように、このキャラクターは明らかに作者によって隠されてきました。
そこまで隠されてきてのこの展開に大変感動したのです。

凡人が努力し楽しみながらがんばる。そこには苦悩や負い目が必要だったんです。


何度でも言いますが、『背すじをピン!と』こそが王道少年ジャンプマンガです。
今こそ読みましょう。

『魔銃ドナークロニクル』が倫理観を揺さぶる 

舞台『魔銃ドナークロニクル』初日を観劇してきました。

吸血鬼がテーマということを知り期待が高まる。
というのもモー娘。とスマイレージの舞台『LILIUM 少女純潔歌劇』が大好きで、こちらも吸血鬼のお話。
「リリウム」とはおそらく「リリス」と「サナトリウム」の造語。

では『魔銃ドナークロニクル』とは何かと言うと、人を不老不死の吸血鬼にしてしまうバイツを倒すための道具「魔銃」とその魔銃を使える適合者「ドナー」の物語ということ。
そして「クロニクル(年代記)という言葉が観劇後大きな意味を持つ。


魔銃に充填するのは呪われた血液とされるもので、そのマイノリティな血液型を持つ者は常に全身に痛みが走る奇病に蝕まれている。この血液がバイツにとって猛毒という設定だ。
妹のために戦う浅倉神酒と、才能を持つ者をバイツにする御船彼岸子の壮絶な血の戦争が始まる、かと思いきや物語はここから二転三転していく。

ネタバレをしないために多くは語らないが藤子不二雄『流血鬼』という漫画がとても参考になるだろう。
この漫画は、通常は忌み嫌われる吸血鬼だが、実際に噛まれ吸血鬼になると人間だった時よりも夜の美しい輝きを浴びることができ、吸血鬼同士幸福に人生を過ごすことができると描かれる。吸血鬼を殺そうとする人間こそが「流血鬼」という名の殺戮者だ、という指摘が込められているのだ。

100年生きない人と、1000年以上も生きる吸血鬼とではそもそも倫理観が違う。
人は人としての、吸血鬼は吸血鬼としての倫理観に沿って生きている。
『魔銃ドナークロニクル』でもバイツは理想に生き、ドナーは現実に生きる。
観客は人側の倫理観しか持ち合わせていないため、苦痛を抱えるドナーに感情移入せざるを得ない。
だが御船彼岸子の愛くるしいキャラクターと最後に明かされる真実により倫理観が揺らぐだろう。

この物語はいつから始まりいつまで続くのかわからない。だからクロニクルなのだ。



以下はネタバレ込みの「こうしてくれたら大好きだった案」です。
単純に僕の好きな展開、というだけです。



1、浅倉姉妹二人で血液充填すれば熱かった
姉の血液量が限界となったところで妹が血を差し出しましたが、ここは妹も出血多量で限界という展開にし、一発の弾丸に姉妹で半分ずつ出し合って魔銃に充填した、という流れにするとかなり高まります。

2、御船との約束はバイツになることだった
終盤で御船と浅倉姉がある約束をするのですが(観客にはこの時何を約束したかわからない)、バイツとなって千年王国に入れ、という約束だったらもっと深くなった気がする。
妹を救うために人を捨てバイツになる姉。妹は病気が治るが姉を失う。姉は妹が助かるが自身の生きる糧を失う。
そうして妹の血を飲んで死ぬとかドナーだった時の自分の魔銃で自殺するとかいろいろおもしろい(というか根暗?)な展開になってかなり高まります。

3、御船とハイネの関係性をもっと強烈に
ラストで御船の想いがわかるわけですけど、ここはとても素敵なのでもっとわかりやすくというかインパクトを強く描いて欲しかった気がします。
貴族種ハイネととバイツ御船の関係をもっと描かれていたらより感動的だったかなぁ、と。


ということでいろいろ書きましたけど単純におもしろかったです。
みなさんかわいいということもあってかなり引き込まれました。
マイクを使っていないので聞き取りにくい部分もありましたけど、120分があっという間で、チケット代が高いと感じませんでした。
お怪我や風邪などに注意して最後まで乗り切っていただきたいです。

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